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ベンチャー法務の部屋

SNS等のアカウントで、会社の業務を行っていた取締役が、退職後にアカウントのパスワードを開示しなければならないか。

1 問題の所在

スタートアップ企業では、取締役や従業員が、フェイスブックやインスタグラム等のSNSの個人アカウントで、会社の業務執行の一環として、製品の画像をアップしたり、他のインフルエンサーとつながっていることなどがあります。また、SNSではなく、開発に関するアカウントを作成することもあります。取締役や従業員が退職した場合に、どのような場合にまでパスワードの開示義務を負うのでしょうか。特に、会社から支給されたメールアドレスでID登録し、会社の業務のみに使用していた場合(明白に会社の業務執行である場合)だけではなく、IDのメールアドレスが会社支給のものではなかったり、SNS上でプライベートと仕事の境目が判別しない関係性があったりする場合に、どのように判断できるのでしょうか。

2 裁判例

参考裁判例として、大阪高裁平成31年3月27日判決(平成30年(ネ)第1767号)があります。(時間の関係上、この問題について、関連する裁判例をくまなくチェックできているわけではありません。予めご了承ください。)

この事例は、ある取締役が,会社以外の業者のメールアドレスをIDとして、SNSにログインして、その取締役自身の写真や会社が販売していた商品等の写真を投稿していたところ,取締役を退任後,会社にアカウントのパスワードを開示しないため,会社がログインできないことなどから損害を受けたとして,その退職した取締役に対し,アカウントのパスワード開示及び損害賠償を求めた事例です。

この事件では、原審(大阪地裁:大阪地方裁判所 平成30年7月20日 判決(平成29年(ワ)第8880号))では、請求が棄却され、パスワードの開示も、損害賠償請求も認められませんでした。

しかし、控訴審である大阪高裁は,退職した取締役は本件アカウントを会社の業務の一環として開設・管理運営してきたものであり,委任契約終了に当たっての引継義務には本件アカウントの移管が含まれるとして,その退職した取締役に対し,本件アカウントのパスワードの開示,並びに広告媒体機能不使用による財産的損害として相当額の支払を各命じ,原判決を変更しました。

【参考裁判例からの抜粋】
1 事案の骨子
 本件は,訴外A(A社)との間で契約を締結して,訴外B(B社)との契約に基づき付与されたメールアドレス(本件メールアドレス)をA社に後記の個人識別子として提供してA社提供の画像共有ウェブサービス(本件サービス)を受けるとともに,本件メールアドレス利用者としてのアカウント(本件アカウント)を付与されていた被控訴人が,本件アカウントにログインして,自らあるいは仲間のラグビー選手の写真とともに,控訴人において「△△ ◇◇ □□」ブランドで販売していた商品等の写真も投稿していたものであるが,被控訴人が,控訴人の取締役退任後,控訴人に対し,本件アカウントのパスワードを開示しないため,これに起因して,控訴人が本件アカウントにログインして画像を投稿等の管理運営をすることができず,これら画像を自動的に共有閲覧することとなる不特定の利用者が減少し,これにより売上減少等の損害を受けたとして,被控訴人に対し,①取締役辞任に伴う報告義務ないし引継ぎ義務の履行として,本件アカウントにログインするためのパスワードを控訴人に開示すること並びに②上記①の義務不履行を原因として生じた売上減少等に対する損害賠償として,300万円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(中略)
3 争点1(本件アカウントの委任契約上のパスワード開示義務の存否) 
(1) 委任契約上の義務の存否について 
ア 本件アカウントの利用者たる地位
  前記2の本件サービスの概要に照らせば,A社に対する関係において,本件アカウントは,その利用者たる地位は,これを開設し,そのメールアドレスを提供した被控訴人に帰属するものといわざるを得ない。
イ 本件アカウントの管理について
  他方,本件アカウントは,控訴人の業務に関連するものであることは外形的に明らかであり,次の事実を総合すると,被控訴人は,本件アカウントを控訴人の業務の一環(広報や販売促進の手段)として,開設し,管理運営してきたというべきであるから,被控訴人の控訴人に対して負う委任契約の終了に当たっての引継義務には,本件アカウントの移管が含まれるというべきである。

(以下、略)

大阪高等裁判所平成31年3月27日判決(平成30年(ネ)第1767号)

3 ポイント

上記参考裁判例では、「本件アカウントは,その利用者たる地位は,これを開設し,そのメールアドレスを提供した被控訴人(著者注:退職した取締役)に帰属するものといわざるを得ない。」としながらも、「控訴人(著者注:会社)の業務に関連するものであることは外形的に明らかであり,次の事実を総合すると,被控訴人 (著者注:退職した取締役) は,本件アカウントを控訴人 (著者注:会社) の業務の一環(広報や販売促進の手段)として,開設し,管理運営してきたというべきであるから,被控訴人 (著者注:退職した取締役) の控訴人 (著者注:会社) に対して負う委任契約の終了に当たっての引継義務には,本件アカウントの移管が含まれる」として、委任契約の終了に伴う引継義務の一環として、開示義務や損害賠償義務が認められています(但し、裁判所の判断として明示的に、これらの条文を根拠としたとされているわけではありません。)。

なお、本裁判例では、控訴人は、取締役辞任に伴う報告義務ないし引継義務の法的根拠を、会社法330条,民法645条、本件アカウントの移管義務の法的根拠を、民法646条2項に求めています。

会社法330条
 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
民法645条
 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
民法646条2項
 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。

本件では、「次の事実を総合すると,」という文言があるように、事例における細部の事実関係が総合的に考慮されており、他の事実関係を前提とした場合に、どこまで適用できるかは、必ずしも明らかではありません。

実際に考慮された要素として、アカウントのユーザー名が会社の商標(出願登録)と同じ点、フランチャイジー店舗のSNSのアカウントのユーザーネームを本件アカウントのユーザー名を含むものとなるよう指示していた点、本件アカウントの閲覧により最初に現れる画面に表示される会社の公式ウェブサイトのトップページ(ホームページ)へのハイパーリンクが設定されている点などが挙げられています。

筆者の私見を述べると、全くの個人アカウントであれば、パスワードの開示は認められないものの、会社の業務に必要なアカウントや業務の一環として管理運営されてきたアカウントであれば、仮にアカウントに関する契約の当事者が個人であったとしても、引継ぎ義務の対象になる可能性が高く、退職した取締役や従業員は、アカウントの適切な引継ぎを拒絶した場合は、損害賠償義務や開示義務を負うことがありうると考えます。ただ、会社側も、このような事態を招かないようにするために、予め、会社の業務で使うアカウントを明確にした上で、パスワードも、会社で把握する等の措置をとっておいた方がよいでしょう。(なお、上記参考裁判例では、退職した取締役は、取締役兼代表取締役であったようであり、このような措置をあらかじめ採ることは難しかったと思われます。)

(文責:森 理俊)

ジョブ型雇用

昨今、各種の報道等で、ジョブ型雇用という言葉を、目や耳にする機会が多いかと思います。

ジョブ型雇用とは、どのような雇用形態を指すのでしょうか。

記事等の内容からは、統一された定義は存在しないように思います。

厚生労働省の規制改革会議が公表した「ジョブ型正社員の雇用ルール整備に関する意見」(平成25年12月5日付け)では、ジョブ型正社員について、「職務、勤務地、労働時間いずれかが限定される正社員」と定義しています。

また、日本経済新聞電子版朝刊(2020年9月2日付け)では、「職務を明確にした上で最適な人材を配置する欧米などで一般的な雇用形態。終身雇用を前提に会社の一員となった社員が様々な職責を負う日本の「メンバーシップ型」雇用と対比される概念。労働時間ではなく、職務に対する成果や目標の達成度合いで賃金が決まる。欧米ではその職務がなくなったり、能力が不足したりした場合、雇用契約を解除されるケースが多い。」と記載されています。

このジョブ型雇用を導入する目的は、専門性に特化したプロフェッショナルな労働力の確保、子育てや介護等の関係から転勤を望まない正社員としての労働力の確保等であると考えられます。

昨今、ジョブ型雇用について、コロナ対策で、リモートワーク・テレワークが増加し、定着してきたことから、アフターコロナでは、ジョブ型雇用が増える(または増やすべき)といった内容が多いように思います。

たしかに、リモートワーク・テレワークのみを行う従業員について、「勤務地や勤務方法が限定された正社員」との観点から、ジョブ型雇用であると評価することも可能であるとは思います。しかしながら、本来、ジョブ型雇用は、多様な働き方に関する制度であり、必ずしもリモートワーク・テレワークとは関係がない制度です(現に、上記の規制改革会議の意見書は平成25年に作成されています。)。

個人的には、現在のジョブ型雇用に関する議論は、どちらかというと、ジョブ=職務を限定し、その職務と従業員との関係性を重視するものが多いように感じています。一般に、ジョブ型雇用では、ジョブディスクリプション(職務記述書)を作成して、従事すべき業務を明確にすることが予定されています。

そうだとすると、そのジョブディスクリプションに記載された業務が会社から無くなった場合、どのような対応をすべきなのでしょうか。上記の日経電子版の記事では、「欧米ではその職務がなくなったり、能力が不足したりした場合、雇用契約を解除されるケースが多い。」と紹介されています。

しかしながら、現在の日本の労働法では、会社が、正社員について雇用契約を解除(=解雇)した場合に、解雇の有効性を維持できることは多くありません。

会社と従業員ではなく、職務と従業員の結びつきを重視することを、ジョブ型雇用とするのであれば、会社内にその職務が存在しなくなった場合等に、会社と従業員との関係を、どのような設計にするのかについての十分な議論が重要です。具体的には、期間の定めのある雇用契約を活用したり、ジョブディスクリプションの記載方法に工夫する等の方策が考えられます。

ジョブ型雇用等の新たな制度を導入し、多様な労働力の確保をすることや、労働力の有効活用をすることは、本来、労使双方にとって有益であるはずです。社会全体にとっても、適切に、ジョブ型雇用が導入され、活用されることは、有益であり、個人的にも良いことであると考えています。他方、導入に際しては、当然ながら、現行の法制度に抵触してはなりませんし、現行の就業規則等の社内規定の修正が必要となることもありますので、慎重な検討が必要です。

当事務所では、ジョブ型雇用の導入に関するご相談はもちろん、労務面の法令適合性の確認(労務デュー・ディリジェンス)等のサービスも提供しておりますので、関心がおありの方は、お問い合わせください。

(文責:藤井宣行)

2020年09月23日 13:44|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

大会社への移行は何が問題か

1 はじめに

ベンチャー企業が増資を繰り返して、資本金が5億円以上となることがあります。
資本金が5億円以上となる場合に気をつけなければならないのが、「大会社」に該当することに伴い、会社法上の義務が増える点です。

今回は、この大会社に該当することの問題について、検討します。

2 大会社とは何か。

「大会社」の定義は、会社法第2条第6号に規定されています。

会社法第2条第6号
大会社 次に掲げる要件のいずれかに該当する株式会社をいう。
イ 最終事業年度に係る貸借対照表(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては、同条の規定により定時株主総会に報告された貸借対照表をいい、株式会社の成立後最初の定時株主総会までの間においては、第四百三十五条第一項の貸借対照表をいう。ロにおいて同じ。)に資本金として計上した額が五億円以上であること。
ロ 最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が二百億円以上であること。

簡単に申せば、定時株主総会で承認される貸借対照表において、資本金が5億円以上となるか、負債が200億円以上となると、その承認を決議をする定時株主総会以降、大会社となり、会社法上の種々の義務を負います。

3 大会社へ移行することで生じる問題


(1) 会計監査人
公開会社でであるか否かにかかわらず、大会社は会計監査人を置かなければなりません(会社法第328条)。
会計監査人を設置するためには、まず、監査法人等と監査契約を締結する必要があります。 小さいベンチャー企業であっても、 コストは、年間で最低数百万円から必要となり、決して馬鹿になりません。
なお、会社法上の会計監査人設置の手続きは、株主総会の決議による会計監査人を設置する旨の定款変更と、会計監査人の選任です。

また、会計監査人設置会社になることに伴って、監査役の監査の範囲を会計監査に限定することはできなくなります(同法第389条第1項)。そのため、 監査役の監査の範囲を会計監査に限定している場合は、会社法上 、株主総会の決議で、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めを廃止する旨の定款変更と、監査役選任の決議が必要となります(同法第336条第4項第3号)。

(2) 内部統制システム
大会社の取締役会は、いわゆる内部統制システムの整備にかかる決定をしなければなりません(会社法第362条第4項第6号、第5項)。

(3) 公告義務の加重
株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表を公告しなければなりませんが、大会社は、さらに、損益計算書も公告しなければなりません(会社法第440条第1項)。なお、いわゆる継続開示会社は、この公告義務を負いませんが(同条第4項)、その代わり、 大会社で、且つ継続開示会社は、連結計算書類を作成しなければなりません(同法第444条第3項)。

4 大会社になることを回避する方法

大会社になることを回避するためには、年度末までに資本金を5億円未満にすれば、足ります ( なお、ほとんどの未上場ベンチャー企業の負債額は200億円未満と思われますが、もし負債額が200億円以上であれば、負債額を200億円未満に減らすことも必要です。) 。

資本金を減らすためには、株主総会を開催し、資本金の額の減少を決議(会社法第447条)する必要があります。

(文責:森 理俊)

SDGsのチャンスとリスク

去る8月6日に、株式会社日本総合研究所と当事務所の主催、三井住友銀行(中国)有限公司深圳支店の後援で、「SDGsのチャンスとリスク」という題目でオンラインセミナーを開催しました。

当日は、日本国内の企業のみならず、日本企業の中国現地法人の方々を含め、約50名の方々にご参加頂きました。

今回のセミナーは、日本企業が中国を含む、海外の主要拠点において、本業を通じてどのように現地のサステナビリティに貢献し、SDGs達成のための取り組みをどのようにビジネスチャンスとするのか、またSDGsに取り組まないことで発生するリスクを知り、そのリスクをどのように予防するのかという点についてお話をしました。

SDGsが共通言語化してきた現在、企業がSDGsを本業に取り込み、環境・社会的課題の解決に資する製品やサービスを提供できれば、新たなビジネスチャンスに繋げることができます。

他方で、SDGsは世界共通の達成目標として企業にとってのコンプライアンスの内容の1つとなっており、企業がSDGsに逆行する行動をとった場合、顧客からの取引停止や投資・融資の引き上げを受けるリスク、企業価値毀損のリスクに繋がります。

世界的にも、2020年4月末に欧州委員会の司法担当のコミッショナーが、企業に対しサプライチェーンを通じた人権・環境DDを義務付ける法案を提出する予定があることを発表するなど、サプライチェーンに対する環境・社会配慮の要請が拡大しています。

また、日本においても、コーポレートガバナンス・コードにおいて、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題の対処及び内部通報制度の整備のいずれに関しても、取締役が取り組むべき旨が規定されています。

【原則2-3】社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題

上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティ(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

【補充原則2-3①】

取締役会は、サステナビリティ(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである。

さらに2020年は、日本政府の「ビジネスと人権に関する行動計画」(National Action Plan)の発表が予定されています。日本政府はこの計画における優先分野として、「国内外のサプライチェーンにおける企業の人権尊重を促進する仕組みの整備」及び「救済メカニズムの整備及び改善」を挙げています。( https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000502531.pdf

このように、世界だけでなく、日本においてもサステナビリティすなわちSDGsを意識した経営が求められるようになっています。

先ほど述べたように、企業がSDGsに逆行する行動をとった場合、コンプライアンス違反、ひいては取締役の責任を問われる事態が生じかねません。したがって、このSDGsの分野においても弁護士の果たすべき役割は大きくなると考えています。

これからのウィズコロナ、アフターコロナの時代においてもますます大切となる「SDGs」の考え方について、今後も広くセミナーを行う予定にしています。規模を問わず、出張セミナー等にも対応させて頂きますので、気軽にお問い合わせ下さい。

(文責:三村雅一)

2020年08月12日 19:34|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その3

これまでコロナ禍下での株主総会運営について、2度取り上げました。

「ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について」

「ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その2」

今回は、これまでの情報の更新を踏まえて、以前にご紹介した内容をアップデートします。

第1 省庁から発出された情報の更新状況


1 株主総会に関する法務省・経済産業省から発出されたものが更新されています。
「ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その2」の作成時点である2020年4月6日から、「株主総会運営に係るQ&A」も更新されています。

また、法務省は、 令和2年5月15日、 令和2年2月28日付け「定時株主総会の開催について」を更新しました。 

「商業・法人登記事務に関するQ&A」も、令和2年5月1日に更新されています。

2  「株主総会運営に係るQ&A」の更新内容
「株主総会運営に係るQ&A」(令和2年4月2日 経済産業省 法務省(令和2年4月14日更新)(令和2年4月28日最終更新))

更新された内容の主な点は、「株主等の健康を守り、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために株主の来場なく開催することがやむを得ないと判断した場合には、その旨を招集通知や自社サイト等において記載し、株主に対して理解を求めることが考えられます。」という部分です。
要するに、 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、オンラインのみでの開催がやむを得ないとの判断は、適法と判断される可能性があると考えられ、その際には、株主総会招集通知や自社のウェブサイトで、丁寧に理解を求め、参加方法や議決権行使などを案内することが望ましいと考えられる、というものです。
従前だと、結果的に、会場に事実上株主が出席していなかったとしてもよいという表現であったために、実際の出席は、かなり限定することはできるものの、予め「0人」、すなわちオンラインのみとすることは、難しいというようにも読めました。そのため、出席者を1人に限定し、経営株主が独占するという方法でもよいのか、仮にそうだとして、招集通知に「1人」と記載して、出席できる風を装うのは、ナンセンスではないか、といった疑問が生じたと思われます。そこで、法務省としては、「0人」、すなわちオンラインのみでもよいということを明確にしたのだと推測されます。
なお、これまでと同様、あくまで、法務省の見解ですので、裁判所の判断を拘束するものではない点には留意が必要です。ただ、私見として、裁判所も、これに準じた判断をする可能性は高いと予想します。
これを踏まえると、前回案内した【招集通知の文言の例】に、「当社は、当日、株主総会にお越しになる株主様を●名に限定させていただく予定であり、実際に来場する予定がある場合には、●年●月●日までに、●宛にご連絡ください。」という表現を記載しておりましたが、この部分は、外してもよいということになります。
外出自粛要請の状況も流動的であり、文言をシンプルにする変更もしています。

【招集通知の文言の例】

 さて、今般当社[第●回定時/臨時]株主総会を下記のとおり開催致しますので、ご出席下さいますようご通知申し上げます。また、本株主総会の付議事項の決議には、法令及び定款に基づく定足数を満たす株主のご出席を必要と致しますので、当日ご出席願えない場合は、お手数ながら後記の参考書類 をご検討いただいて、同封の委任状用紙に賛否をご明示賜り、ご捺印の上、折返しご送付下さいますようお願い申し上げます。

 ところで、昨今の、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、当社は、株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保された形でのオンラインを通じた出席を可能とするよう、準備しており、実際の会場への出席はお控えいただくこととさせていただきました。具体的には、当日、~~(URL等のオンライン参加方法)の方法で、ご出席下さい。株主の皆様におかれましては、同感染症への感染拡大防止の観点から、オンラインを通じた出席のみとさせていただくことに、ご理解をいただきますようお願い申し上げます。

(筆者の私案であり、裁判所で適法と認められることを保証するものではありません。)

第2  定時株主総会の開催時期や基準日について


定時株主総会の開催時期や基準日について、法務省のウェブページによると、以下のとおりです。一部、割愛しています。

■■■引用開始■■■

1 定時株主総会の開催時期に関する定款の定めについて
 定時株主総会の開催時期に関する定款の定めがある場合でも,通常,天災その他の事由によりその時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じたときまで,その時期に定時株主総会を開催することを要求する趣旨ではないと考えられます。
 したがって,今般の新型コロナウイルス感染症に関連し,定款で定めた時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じた場合には,その状況が解消された後合理的な期間内に定時株主総会を開催すれば足りるものと考えられます。なお,会社法は,株式会社の定時株主総会は,毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないと規定していますが(会社法第296条第1項),事業年度の終了後3か月以内に定時株主総会を開催することを求めているわけではありません。
 
2 定時株主総会の議決権行使のための基準日に関する定款の定めについて
 会社法上,基準日株主が行使することができる権利は,当該基準日から3か月以内に行使するものに限られます(会社法第124条第2項)。
 したがって,定款で定時株主総会の議決権行使のための基準日が定められている場合において,新型コロナウイルス感染症に関連し,当該基準日から3か月以内に定時株主総会を開催できない状況が生じたときは,会社は,新たに議決権行使のための基準日を定め,当該基準日の2週間前までに当該基準日及び基準日株主が行使することができる権利の内容を公告する必要があります(会社法第124条第3項本文)。
 
3 剰余金の配当の基準日に関する定款の定めについて
 特定の日を剰余金の配当の基準日とする定款の定めがある場合でも,今般の新型コロナウイルス感染症に関連し,その特定の日を基準日として剰余金の配当をすることができない状況が生じたときは,定款で定めた剰余金の配当の基準日株主に対する配当はせず,その特定の日と異なる日を剰余金の配当の基準日と定め,当該基準日株主に剰余金の配当をすることもできます。なお,このように,剰余金の配当の基準日を改めて定める場合には,2の場合と同様に,当該基準日の2週間前までに公告する必要があります(会社法第124条第3項本文)。

○ 参考情報  

(一部、割愛)
4 「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」の公表について
 新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会は,令和2年4月15日,「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」を公表しました(金融庁ホームページ を御覧ください。)。
 これは,新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて,3月期決算業務及び監査業務に大きな遅延が生じる可能性が高まっていることを踏まえ,通常6月末に開催される株主総会の運営等についての同協議会の考えを示したものです。
 また,続行の決議(会社法第317条)によりいわゆる継続会を開催する場合における留意点等については,「継続会(会社法317条について) 」【PDF】も御覧ください。

5 新型コロナウイルス感染症に関連した商業・法人登記における取扱いについては,「商業・法人登記事務に関するQ&A 」を御覧ください。

6 令和2年5月15日,会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(法務省令第37号)が公布され,同日から施行されました(本省令の内容はこちら【PDF】)。本省令は,新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ,本省令の施行の日から6か月以内に招集の手続が開始される定時株主総会に限り,単体の貸借対照表や損益計算書等をいわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の対象に含めることとするものです。
 本省令の内容等については,「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(令和2年法務省令第37号)について」【PDF】も御覧ください。  
■■■引用終わり■■■

6は、時限的に、単体のBS及びPLなどがウェブ開示によるみなし提供制度の対象になるという話であり、非上場企業で、そもそもウェブ開示していないということであれば、関係ないでしょう。

(文責:森 理俊)

ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その2

前回、「ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について」と題するブログ(前回ブログ)をアップしました。

今回は、その続報を踏まえた対応です。前回から少し状況が変化していますので、ご注意ください。

2020年4月2日付け「株主総会運営に係るQ&A」( 経済産業省・法務省)の内容

経済産業省と法務省は、2020年4月2日、「株主総会運営に係るQ&A」を発表しました。

概要は、以下のとおりです。

  1. 株主総会の招集通知等において、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために出席を控えることを呼びかけることは可能である。その際には、書面や電磁的方法による事前の議決権行使の方法を案内することが望ましい。
  2. 新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために、会場に入場できる株主の人数を制限することは可能である。現下の状況においては、その結果として、会場に事実上株主が出席していなかったとしても、株主総会を開催することは可能と考えられる。
  3. 新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために、株主総会への出席について事前登録制を採用し、事前登録者を優先的に入場させることは可能である。事前登録を依頼するに当たっては、全ての株主に平等に登録の機会を提供するとともに、登録方法について十分に周知し、株主総会に出席する機会を株主から不公正に奪うものとならないよう配慮すべきと考えられる。
  4. 発熱や咳などの症状を有する株主に対し、入場を断ることや退場を命じることは可能である。
  5. 新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために、株主総会の時間を短縮すること等は可能である。

この内容は、裁判所の判断を拘束するものではありませんが、裁判所も、これに準じた判断をする可能性は高いと予想します。

多少私見を含めて、述べるとすれば、ポイントとしては、以下のとおりです。

  • 現在の状況(2020年4月2日現在)であれば、新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために、オンラインのみ出席の株主総会であっても、株主総会の開催として、問題はないと考えられる。
  • オンラインのみ出席の株主総会の場合、書面や電磁的方法による事前の議決権行使の方法を案内することが望ましい。ベンチャー企業の場合は、後述のとおり、書面や電磁的方法による事前の議決権行使の方法が、大変な場合もある。この場合、委任状による議決権の代理行使を強く推薦する方法もある程度、認められるだろう。
  • 株主総会への出席について事前登録制も採用可能であるが、人数制限を課す場合は、株主平等原則に十分配慮する必要がある。
  • 発熱や咳などの症状を有する株主の入場拒否や強制退場、総会の時間短縮など、感染拡大防止や安全配慮のための具体的な危険回避の措置は、問題がない。

なお、「 オンラインのみ出席の株主総会であっても、株主総会の開催として、問題はない 」という場合でも、 株主総会自体は、リアルの場所で開催されたものとし、具体的には、議長のいる場所を、総会の開催場所とする等の前提は必要と思われます。オンライン上の仮想空間やURLを会場を開催場所とすることは、許されないという点は、変わっていません。

ところで、書面による議決権行使(書面投票制度)は、招集通知に際して、株主に対し、株主総会参考書類及び議決権行使書面を交付しなければなりません。小規模なベンチャー企業では、株主総会招集通知とは別に、株主総会参考書類を適法に作成するための人的時間的リソースがないことも少なくありません。 そこで、ベンチャー企業の株主総会を、どのようにするか、ということが問題になります。

なお、議決権を有する株主の数が1000人以上の会社においては、書面による議決権行使を株主に認めるべきことが法律上強制されていますが、ベンチャー企業では、通常、そのようなことがありませんので、書面による議決権行使を採用する必要はありません。

2020年4月2日付け「株主総会運営に係るQ&A」( 経済産業省・法務省) を踏まえたベンチャー企業の株主総会対応

オンラインのみ出席の株主総会の場合、書面や電磁的方法による事前の議決権行使の方法を案内することが望ましいとされています。しかし、ベンチャー企業は、上述のとおり、一般的には、事前の議決権行使の方法を採用しないことが多いと思います。 事前の議決権行使の方法を採用しない 場合は、やはりオンラインのみではなく、建付けとしては、オンライン+リアル総会としつつ、かなり強く、委任状による議決権の代理行使と、オンラインによる出席を、強く推薦するという方法が現実的であろうと思われます。全株主同意を前提とする書面株主総会による方法(前回ブログの2(1))が採用可能である点は、変わりません。

前回ブログでは、「仮にハイブリッド型バーチャル株主総会を実施したとしても、具体的に既に感染している株主であること等の具体的な感染リスクが懸念される等の例外事由がない限り、実際の来場を拒むことは、基本的にできないと考えられます。」と記載しました。
この点は、少し変更になります。すなわち、いわゆる「三密」ではない空間を用意することが難しいこと、外出自粛要請や10 名以上が集まる集会・イベントへの参加を避けることが要請されていること、新型コロナウイルス感染防止拡大、緊急事態宣言が発令されていること等を理由として、オンライン出席や委任状提出を強く促しつつ、株主の入場を数名程度に制限することと通知して、実際に総会会場にリアルに出席を希望する株主には、一定の期日までに連絡してもらい、制限員数を超える場合は抽選にすることとし、招集通知等で、その旨を記載する方法などが考えられます。そのため、招集通知の記載方法次第では、ほぼ事実上、オンラインをメインとした株主総会を開催することはできると考えます。

【招集通知の文言の例】

さて、今般当社[第●回定時/臨時]株主総会を下記のとおり開催致しますので、ご出席下さいますようご通知申し上げます。また、本株主総会の付議事項の決議には、法令及び定款に基づく定足数を満たす株主のご出席を必要と致しますので、当日ご出席願えない場合は、お手数ながら後記の参考書類 をご検討いただいて、同封の委任状用紙に賛否をご明示賜り、ご捺印の上、折返しご送付下さいますようお願い申し上げます。

 ところで、昨今の、新型コロナウイルス感染症拡大の状況並びに政府、地方自治体等からの外出自粛等の要請を踏まえ、当社は、株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保された形でのオンラインを通じた出席を可能とするよう、準備しております。具体的には、当日、~~(URL等のオンライン参加方法)の方法で、ご出席下さい。株主の皆様におかれましては、同感染症への感染防止及び感染拡大防止の観点から、株主総会の会場に実際にお越しになる代わりにオンラインを通じた出席を強くお願い申し上げます。当社は、当日、株主総会にお越しになる株主様を●名に限定させていただく予定であり、実際に来場する予定がある場合には、●年●月●日までに、●宛にご連絡ください。上記制限人数を超過する場合は、抽選などの方法で、来場者を限定させていただく場合がありますので、予めご了承ください。

(筆者の私案であり、裁判所で適法と認められることを保証するものではありません。)

なお、オンラインでの出席を認める場合には、株主総会に、出席の方法として、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されている状況を基礎づける事実(ビデオ会議・電話会議システムの使用等)の記載が必要であるとする点は、前回ブログから変更はありません。

2020年5月29日 アップデート情報があります。
「ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その3」をご確認ください。

(文責:森 理俊)

ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について

1 はじめに
COVID-19(新型コロナウイルス)への対応について、現時点で、政府・厚生労働省は、下記の要請等があります。

令和2年2月20日(抜粋)
イベント等の主催者においては、感染拡大の防止という観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討していただくようお願いします。なお、イベント等の開催については、現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではありません。
また、開催にあたっては、感染機会を減らすための工夫を講じていただくようお願いいたします。例えば、参加者への手洗いの推奨やアルコール消毒薬の設置、風邪のような症状のある方には参加をしないよう依頼をすることなど、感染拡大の防止に向けた対策の準備をしていただくようお願いいたします。

令和2年2月26日(安倍総理)
政府といたしましては、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であることを踏まえ、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします。

「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」(令和2年3月1日版)(抜粋)
イベントを開催する方々は、風通しの悪い空間や、人が至近距離で会話する環境は、感染リスクが高いことから、その規模の大小にかかわらず、その開催の必要性について検討するとともに、開催する場合には、風通しの悪い空間をなるべく作らないなど、イベントの実施方法を工夫してください。

令和2年3月10日(安倍総理)
政府としては、先般決定された基本方針において、イベントの開催の必要性について主催者等に検討をお願いし、またそれを踏まえて、全国規模のイベントについては中止、延期、規模縮小等の対応を要請したところですが、専門家会議の判断が示されるまでの間、今後概ね10日間程度はこれまでの取組を継続いただくよう御協力をお願い申し上げます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00002.html#26
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000601720.pdf

この状況を踏まえて、ベンチャー企業(非上場企業)における株主総会の開催方法について検討します。

2 株主総会の実際の開催方法について

(1) 実際の開催を中止して、書面株主総会による方法

株主総会は、決議事項について議案に対する賛否を書面等で問い、総株主の賛成が得られれば、決議が成立したものとみなすことができます(いわゆる書面株主総会。会社法第319条第1項)。株主への報告の通知も、総株主が同意すれば通知で足ります(同法第320条)。したがって、非上場企業で、株主が少ない場合は、この書面株主総会を利用することができます。

これは、決議を行う方法として書面などによる決議方法によることについて総株主の同意を得ることを要求している物ではなく、議案そのものへの同意が必要で、且つ、それで十分です。要するに、会議体としての株主総会を開かないでよいことになります。

【参考条文】
(株主総会の決議の省略)
第319条
第1項 取締役又は株主が株主総会の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき株主(当該事項について議決権を行使することができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなす。
(省略)
第5項 第一項の規定により定時株主総会の目的である事項のすべてについての提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなされた場合には、その時に当該定時株主総会が終結したものとみなす。

(株主総会への報告の省略)
第320条 取締役が株主の全員に対して株主総会に報告すべき事項を通知した場合において、当該事項を株主総会に報告することを要しないことにつき株主の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該事項の株主総会への報告があったものとみなす。

(2) 株主総会の延期による方法

法務省は、令和2年2月28日付けで「定時株主総会の開催について」(本稿作成時点では、最新は令和2年3月13日更新版)を公表し、概要として、以下のように述べています。

(i) 定時株主総会の開催時期に関する定款の定めがある場合でも、今般の新型コロナウイルス感染症に関連し、定款で定めた時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じた場合には、その状況が解消された後合理的な期間内に定時株主総会を開催すれば足りるものと考えられます。なお、会社法は、株式会社の定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないと規定していますが(会社法第296条第1項)、事業年度の終了後3か月以内に定時株主総会を開催することを求めているわけではありません。

(ii) 定款で定時株主総会の議決権行使のための基準日が定められている場合において、新型コロナウイルス感染症に関連し、当該基準日から3か月以内に定時株主総会を開催できない状況が生じたときは、会社は、新たに議決権行使のための基準日を定め、当該基準日の2週間前までに当該基準日及び基準日株主が行使することができる権利の内容を公告する必要があります(会社法第124条第3項本文)。

(iii) 特定の日を剰余金の配当の基準日とする定款の定めがある場合でも、今般の新型コロナウイルス感染症に関連し、その特定の日を基準日として剰余金の配当をすることができない状況が生じたときは、定款で定めた剰余金の配当の基準日株主に対する配当はせず、その特定の日と異なる日を剰余金の配当の基準日と定め、当該基準日株主に剰余金の配当をすることもできます。なお、このように、剰余金の配当の基準日を改めて定める場合には(ii)の場合と同様に、当該基準日の2週間前までに公告する必要があります(会社法第124条第3項本文)。

http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00021.html

ただ、「定款で定めた時期に定時株主総会を開催することができない状況」というのは、判断が難しいのが実際であろうと思われます。
特に、書面株主総会や、後述するオンライン参加での株主総会等も考えられますし、延期したとしても、いつ、現在のような状況が終息するか、まだわかりません。そのため、ベンチャー企業では、株主総会の延期は、現実的な選択にはならないのではないでしょうか。

(3) いわゆるハイブリッド型バーチャル株主総会

経済産業省は、2020年2月26日付けで「「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」を策定しました」を公表しています。

ハイブリッド型バーチャル株主総会とは、取締役や株主等が一堂に会する物理的な場所で株主総会(リアル株主総会)を開催する一方で、リアル株主総会の場に在所しない株主がインターネット等の手段を用いて遠隔地から参加/出席することができる株主総会をいう、とのことです。

株主のバーチャル参加を認めるにあたっては、zoomやgoogle hangout meets 等の動画配信を行う web サイト等にアクセスするためのURL(ID、PW) を招集通知等と同時に通知する方法や、既存の株主専用サイト等を活用する方法などが考えられます。

参加型の場合、インターネット等の手段を用いて参加する株主は、会社法上、株主総会において株主に認められている質問(法 314 条)や動議(法 304 条等)を行うことはできないと考えられます。しかし、株主総会の会議中にインターネット等の手段による参加株主からコメント等を受け付けたり、回答したりすることは、否定されていないと考えられます。

https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html

なお、仮にハイブリッド型バーチャル株主総会を実施したとしても、具体的に既に感染している株主であること等の具体的な感染リスクが懸念される等の例外事由がない限り、実際の来場を拒むことは、基本的にできないと考えられます。(2020年4月6日追記:この点を変更し、「オンライン出席や委任状提出を強く促しつつ、株主の入場を数名程度に制限することと通知して、実際に総会会場にリアルに出席を希望する株主には、一定の期日までに連絡してもらい、制限員数を超える場合は抽選にする」方法は、可能と考えます。詳細は、ベンチャー企業(非上場企業)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス)に対応するための株主総会運営について その2をご覧ください。)

また、会社法上、株主総会の招集に際して株主総会の場所を定めなければならないとされている(会社法第298条第1項第1号)ことなどに照らすと、物理的な会場を明確にしないで株主総会の開催すること、すなわち、オンライン上の仮想空間やURLを会場を開催場所とすることは、許されないと考えらえます。

3 議決権の行使

ベンチャー企業(非上場企業)の多くでは、議決権行使は、委任状等で代理権を授与する代理人による議決権行使をする方法が用いられています。
ほかに、書面投票制度(会社法第311条)や、電子投票制度(会社法第312条)も考えられますが、ベンチャー企業(非上場企業)は、株主数が比較的少なく、委任状で賛否を確認することが可能ですので、委任状よりもコストがかかりうる、これらの制度が用いられることは、それほど多くないと思われます。

なお、上記のハイブリッド型バーチャル株主総会でも、その置かれている状況により、インターネット等の手段を用いて審議を傍聴した株主が傍聴後に議決権を行使することを可能にするような選択肢を検討することも考えられます。この点、会社法第298条第1項第4号、同法施行規則第63条3号は、同法施行規則第70条が、「出席しない株主」のための電磁的方法による議決権行使の期限を株主総会の日時以前の時と定めているのは議決権行使結果の集計に係る会社の便宜のためであり、会社の判断で採決に入る時まで事前の議決権行使を受け付けることを会社法が許容していないとは考えにくいとして、同施行規則 63 条 3 号ハにいう「株主総会の日時以前の時」とは株主総会における採決時以前の時と解すこととなり、取締役が事前に電磁的方法による議決権行使の期限を株主総会における採決時と定めた場合には、中継動画等を傍聴した株主が、その様子を確認した上で議決権行使を行うことも可能とする考えは、ありうるものといえます(「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」9頁参照)。ただ、この考え方は、確定した判例や裁判例によるものではない点にご留意ください。

仮に、株主や取締役がオンラインで出席した場合の議決権行使、議事録については、以下のように考えられます(相澤哲、葉玉匡美、郡谷大輔編著「新・会社法 千問の道標」(商事法務)472頁)。

(i) 株主総会の開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されているといえる環境にあるのであれば、個々の株主が、インターネットを使って株主総会に参加し、議決権を行使することは可能である。
(ii) 議決権の行使は、電子投票(298 条 1 項 4 号)ではなく、その株主が招集場所で開催されている株主総会に出席し、その場で議決権を行使したものと評価されることとなる。
(iii) 株主総会議事録には、株主総会の開催場所に存しない株主の出席の方法を記載する必要がある(施行規則 72 条 3 項 1 号)。同号は「株主の所在場所及び出席の方法」等という規定を置いているわけではなく、株主の所在場所は議事録に記載することを要しない。ただし、出席の方法としては、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されている状況を基礎づける事実(ビデオ会議・電話会議システムの使用等)の記載が必要である。

また、オンライン等の手段を用いた「出席」として提供する以上、会社は、株主総会において株主に認められた議決権行使を初めとする諸権利の行使に係るリアル株主総会との違いについて、事前に説明を行うなど、適切な対応を行う必要があります。

加えて、ベンチャー企業では、あまり考えられませんが、具体的に、株主のなりすましや議決権行使の脅迫等の可能性が存在するのであれば、これらの点には、ご留意下さい。

4 取締役・監査役等のオンラインでの出席

取締役・監査役の出席は、総会における決議成立の要件ではなく、また、出席義務を定めた規定もありません。一方で、取締役、会計参与、監査役及び執行役は、原則として、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならないという説明義務があります(会社法第314条)。

したがって、株主総会において、取締役・監査役等が、株主総会の開催場所と当該取締役・監査役等との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されているといえる環境にあり、それぞれの説明義務を果たすことができるのであれば、オンラインでの出席は、認められると考えられます(筆者私見)。

但し、議長は、株主総会の秩序を維持し、議事を整理する権限を有する者であり(会社法第315条第1項)、ベンチャー企業であっても、特段の事情がない限り、株主総会の開催場所に実際にいる必要があると考えます(筆者私見)。

5 規模縮小などの対応策

実際の開催にあたっては、規模縮小への対応策や、総会当日の感染防止策等が必要になります。

具体的には、(a)事前の議決権行使の推奨、(b)オンライン(ハイブリッド型バーチャル)株主総会の実施におけるオンラインでの出席への誘導、(c)お土産の廃止、(d)株主懇親会等のイベントの中止、のほか(e)、関係者のマスク着用や(f)アルコール消毒液の設置、(g)発熱があるや体調が悪い方に来場を控えてもらう、といった一般的な対策及びその告知等が考えられます。

6 実際のバーチャル株主総会実施の動き

上場企業でも、いわゆるバーチャル株主総会が実施されつつあるとのことです。

■■■引用開始■■■
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中企業の間で大勢の株主が参加する株主総会をどう開催するかが課題になっています。感染を防ぐため株主が自宅からインターネットを通じて総会に出席する新たな動きが始まりました。
■■■引用終わり■■■

■■■引用開始■■■
新型コロナウイルスの感染拡大で大勢の人が集まるイベントの自粛が広がる中、ソフトウエア開発を手がける「富士ソフト」は13日、ネットも活用してバーチャル株主総会を開きました。

東京・千代田区の会場のほか、ネットからも出席できるようにし、株主はアプリを操作して総会の議案の賛否を表明していました。
■■■引用終わり■■■

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200314/k10012330981000.html

(文責 森 理俊)

2020年03月17日 15:42|カテゴリー:企業法務, 法務関連ニュース||コメントはまだありません

スタートアップ企業が陥りがちな法務の失敗 その1 ~株式関連編~

 

1 スタートアップ企業が陥りがちな法務の失敗

Twitterをみていると、「スタートアップ企業が陥りがちな法務の失敗」というテーマでの投稿がありました。

今回、私も経験から、スタートアップ企業が陥りがちな法務の失敗を、お伝えします。

シード期は、まずサービスをローンチすることや、売上を上げること、ユーザーを増やすこと、資金を調達すること、人材を集めることに、集中しますので、法務は疎かになりがちです。法務に避けられる予算にも限りがあります。サービスが始まらないのに、法務も何もないというのが、正直なところでしょう。

そこで、シード期の法務は、ひとまず、失敗すると後から挽回することが困難になる可能性高いものを、主として留意することをお勧めします。

「失敗すると後から挽回することが困難になる可能性高いもの」とは、何か。

ずばり、株式関連と、知的財産権です。

2 株式関連で気をつけるべき点

シード期に株式関連で気を付けるべき点は、
① 創業者間のシェアと離脱時の約束
② 初期の第三者割当増資のシェアや株価
③ ストックオプションの割当個数
④ 投資契約や株主間契約、種類株式の不利な条件
⑤ 株主名簿の管理

あたりです。

① 創業者間のシェアは、1/2ずつや1/3ずつにしないことが原則です。まず、最終的に意思決定できないシェア割は避けるべきです。また、意見が割れたときに、2:1となり、少数派が生まれる三頭政治のような体制も経験上失敗事例が多いです。

基本的には、中心となっている人物(起業を志した者など)がマジョリティを有して、できれば、IPOより前までの資金調達を経た後でも、過半数を維持できる程度は、あった方が良いでしょう。

また、株式を保有する主要メンバーが、後から何らかの理由で離脱することは、あり得ます。その場合に、離脱者が株式全部を保有し続けることは、良くありません。離脱後の株主価値の上昇分にフリーランチすることになりますし、実務上、社外の、株主総会招集通知の送り先が1つ増え、さらに、議決権の行使の予想が不安定にもなります。加えて、M&Aの際には、反対株主として株式取得請求権を行使されるかもしれません。
そこで、創業者間でも、株主間契約を締結し、離脱時の譲渡の約束や、強制売却義務を、設定することがオススメです。昨今では、創業者間株主間契約を、定めることが増えてきたと実感します。

② 初期の第三者割当増資は、シェアを出しすぎないこと、株価を適正にすることが大原則です。株価は、低すぎても駄目ですが、高すぎても、次のファイナンスに悪影響を及ぼすことがあります。

③ ストックオプションも同じで、初期に出しすぎると、後から入ってくる有用な人材に、十分な量を用意できないということがあります。

④ 投資契約、株主間契約、種類株式の内容には、要注意です。特に、事前承諾事項や種類株主総会決議事項のほか、金銭を対価とする取得請求権などは、慎重に検討を要します。他にも、表明保証条項の内容や株式買取請求権の条件など、理解できない場合や、相場感がわからない場合、納得できない場合、どのような影響がでるか予想できない場合には、応じるべきではありません。

⑤ 株主名簿は、よくエクセルで、現在の個数のみを記載して管理されている例をみかけます。しかしながら、会社法上、株主名簿は、(i) 株主の氏名又は名称及び住所、(ii) 前号の株主の有する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)、(iii) 第一号の株主が株式を取得した日、(Iv)  株式会社が株券発行会社である場合には、第二号の株式(株券が発行されているものに限る。)に係る株券の番号、を記載しなければなりません(会社法121条)。

私の経験上、(i)株主の住所と、(iii)株主が株式を取得した日の記載がないものが、散見されます。株主ごとに、いつ、どのような理由で、誰から何株を取得したのか、を明記した方がよいでしょう。具外的には、備考欄に、「●年●月●日 第三者割当増資●株取得」「●年●月●日 ●氏から株式譲渡により●株取得」などと記載して、現在の合計株数とは別に、その来歴をすべて記載するようにしましょう。

次回は、知的財産権で気をつけるべき点をお伝えします。

文責 森理俊

譲渡制限株式の株式譲渡の手順(買取請求がある場合を中心に)

今回は、譲渡制限株式の株式譲渡の手順のうち、買取請求がある場合を中心に解説します。

なお、これまでも、以下のブログで、譲渡制限株式の株式譲渡に触れていますので、これらもご参考にしてください。

「株式譲渡の手続を確実に進めるために」

「株式譲渡契約に関する注意点(1)」

 

1 譲渡制限株式の株式譲渡
具体的に、以下の段取りで進めます。
(1) 株式譲渡契約の締結(譲渡人・譲受人間)
(2) 譲渡承認の請求(譲渡人(原則)から発行会社に対して。会社法第136条)
(3) 承認決定決議(発行会社にて。定款記載の譲渡承認機関による承認決定決議。会社法第139条第1項)
(4) 承認決定の通知(発行会社→承認請求者。会社法第139条第2項)
(5) 株主名簿の名義書換請求(譲渡人・譲受人→発行会社。会社法第133条)
(6) 株主名簿の名義書換(発行会社にて。会社法第121条)

2 買取請求がある場合の流れ
では、譲渡承認の請求をしているものの、会社が譲渡を認めない見込みの場合には、承認請求者は、買取請求をするか否かを選択することになります。

その場合の流れを整理しましょう。

上記1(3)の承認決定決議ではなく、譲渡否認決議が生じることになります。

買い取り請求がある場合は、
(a) 譲渡否認決議(会社法第139条第1項)
(b) 譲渡否認通知(会社法第139条第2項)(譲渡請求から原則2週間以内。会社法第145条第1号)

【発行会社が買う場合】
(c) 株主総会決議(会社法第140条第1項、第2項)。
(d) 供託(会社法第141条第2項)
(e) 買取通知(発行会社から。会社法第141条第1項)(譲渡否認通知から原則40日以内。会社法第145条第2号)、供託書面交付(会社法第141条第2項)
(f) 売買価格決定協議(会社法第144第1項)
(g) 裁判所への売買価格決定申立期間(20日。会社法第144第2項)

【指定買受人を指定する場合】
(c)’ 取締役会決議(取締役会設置会社ではない場合は株主総会の決議。定款に別段の定めがある場合は、定款の定めによる。会社法第140条第4項、第5項)
(d) ’ 供託(会社法第142条第2項)
(e) ’ 買取通知(指定買受人から。会社法第142条第1項)(譲渡否認通知から原則10日以内。会社法第145条第2号)、供託書面交付(会社法第142条第2項)
(f) ’ 売買価格決定協議(会社法第144条第7項、第1項)
(g) ’ 裁判所への売買価格決定申立期間(20日。会社法第144条第7項、第2項)

買取者の一部を指定買取人、残りを発行会社にて、買うという方法も可能です。ただ、供託も複数必要になります。

売買価格は、申立てがあれば裁判所により決定された金額となり、申立てがなければ1株当たり純資産額が売買価格となります(会社法第144条第4項、第5項、第7項)。

3 買取請求の実際
買取請求は、譲渡承認請求とともにする必要があります。

譲渡承認請求は、口頭でも、書面でも、電子メール等電磁的方法でも、可能です。
ただ、以下のイからハまでの内容が明確にされている必要があります。
イ 譲り渡そうとする譲渡制限株式の種類・数
ロ 譲り受ける者の氏名又は名称
ハ 会社が承認(請求された株式譲渡の承認)をしない旨の決定をする場合において、貴社または指定買取人が譲渡制限株式を買い取ることを請求するときはその旨

譲渡承認請求の受領日は、譲渡否認通知の期間制限(譲渡請求から原則2週間以内)の起算点にもなりますので、上のイからハまでの内容を明確にしつつ、会社法に定められた譲渡承認請求であることを明記した方がよいでしょう。受信の有無について争われないようにするためには、内容証明郵便で送付するのが最も安全と言えます。

会社側は、会社法に定められた譲渡承認請求であるか否かが不明確な請求を受け取った場合は、直ちに、それが、会社法に定められた譲渡承認請求であるか否かを問い返した方がよいでしょう。

(文責:森 理俊)

2019年12月25日 10:59|カテゴリー:企業法務||コメントはまだありません

研修会「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~

 

先日(2019年8月26日)、大阪弁護士会にて、「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~というテーマで、研修会を行いました。

基調講演として、渡邊真由先生(元・一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻特任助教)に「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~というテーマで、お話しいただきました。

その後、座談会という形で、「日本においてODRはどのように展開するのか」というテーマで、パネリストには、山田文先生(京都大学大学院法学研究科 教授)、羽深宏樹先生(経済産業省訟務情報政策局 弁護士)と、基調講演をしていただいた渡邊真由先生に加わって頂き、私(森 理俊)がコーディネーターとして、進めさせて頂きました。

 

1 ODRとは

ODRとは、ベンチャー法務の部屋「裁判手続等のIT化とODR」でも紹介したとおり、Online Dispute Resolutionの略です。具体的には、民事裁判手続のIT化と、ADR(裁判外紛争処理)のIT化を意味します。

とはいえ、単に、紛争解決手続に、ライブ動画などのITツールを使うという話に留まるものではありません。

特に、eBayなどの事業者が、プラットフォーム上で生じる紛争をオンラインで簡易に処理するシステムを、ユーザーに提供するといった動きがODRという概念をスタートさせた側面を背景として、既存の紛争解決プロセスよりも、遙かに迅速・簡便で、少額なものに対応可能な(即ち、紛争解決コストが低い)ものが生み出されつつあります。

すなわち、ODRが促進されることは、これまで司法手続による正義の実現の恩恵を受けられなかった人が、より司法的解決を受けられる可能性が出てくることになります。要するに、金額が小さくて、弁護士に頼むのを諦めていたケースでも、解決できる可能性が高まりそうであるということです。

キーワードは、「Access to Justice」です。

ODRの展開は、民事司法における「Justice」とは何かが改めて問われるとともに、現在の日本の民事司法がかかえる問題をあぶり出すことにもありそうです。

 

2 日本のおけるODRの導入可能性と現実
(1) 日本のこれまで
日本では、2003年~2006年という比較的速い段階で、ECOMネットショッピング紛争相談室(経済産業省委託事業)が実施されていました。
これはユーザーの満足度も高く、比較的評価の高いプロジェクトだったそうです。しかし、コストが見合わないということで、2006年に停止したようです。

その後、2007年ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)の施行や、2011年から越境消費者センターの運営もあり、少しずつ民間ADRが活発になり、同時にITツールの活用も進みました。

また、本年(2019年)、6月21日には、内閣の「成長戦略フォローアップ」にて、「紛争の多様化に対応した我が国のビジネス環境整備として、オンラインでの紛争解決(ODR)など、IT・AI を活用した裁判外紛争解決手続などの民事紛争解決の利用拡充・機能強化に関する検討を行い、基本方針について 2019 年度中に結論を得る。」という文言が盛り込まれ、ODRが強く意識されることになりました。

さらに、今月(2019年8月)、APECにて、ODR Collaborative Frameworkが採択される予定とのことです。
これは、BtoBを中心に、ODRで紛争解決する旨を規定し、ODRプロバイダーのもとで、交渉、調停、仲裁をシームレスに実現させようとするフレームワークのようです。

(2) 日本の特殊性
日本は、民事訴訟の件数が少なく(地裁民事通常訴状新受件数:15万件弱)、弁護士が増員しても、民事紛争の件数が増えていないという現実があります。特に、少額の事件について、簡易裁判所での調停や民事通常訴訟は、減少又は横ばいという状況です。
一方で、国民生活センターへの相談件数は、100万件に近いものがあるなど、少額な民事トラブル(数万円から10数万円の貸金返還や賃金不払、交通事故などが想定される。)は、「何もしない(あきらめる)」という選択がされ、紛争解決サービスを受けられていない割合が高いと推定されます。

そこで、裁判所を通じた解決と並行して、民間でもオンラインのみで紛争解決できるサービスに需要があると期待されています。

一方で、ODRには、以下のような課題も指摘されています。

  • (a)類型化されにくい紛争への対応が難しい。
  • (b)インターフェースを容易にするデザイン思考が必要である。
  • (c)オンライン調停人の育成が必要である。なお、オンライン調停人には、裁判予測というよりも交渉促進に長けた調停人が望ましいようである。日本は調停人のトレーニングが不足しているにもかかわらず、調停人に裁判予測を期待しすぎる文化があると指摘されている。
  • (d)相手方に応諾義務又は応諾しやすい環境を構築する必要がある。EUでは一部の紛争類型で事業者に応諾義務があるとのこと。
  • (e)執行手段が確保されていないことが多い。なお、eBayでは、合意した金額は顧客のPaypalから直ぐに支払われる。
  • (f)既に存在するプラットフォーム提供事業者が運営するのでない限り、ODRプラットフォーム運営はパブリックな支援がないと運営がコスト的に見合わない。

それでも、欧州では、EU主導のプラットフォームが整備されるなど、一部の紛争類型には、かなり積極的に活用され始めており、リーガルテックの一分野としても注目され、日本でも、これから発展する分野であると期待されています。

日本の特殊性はいくつかありますが、いずれもODRの導入を妨げる要因とばかりはいえず、逆にdisruptive(破壊的)なイノベーションによって、大きく発展する可能性を秘めているといえそうです。

(3) 参考文献
過去にご紹介した、一橋大学法学研究科 渡邊真由先生のプレゼン資料(2018/07/27, 日本ADR協会)は、こちらです。

また、山田文教授の「ADRのIT化(ODR)の意義と課題」と題する論文が、法律時報2019年6月に記載されています。

 

3 研修会を終えて

私は、業務改革委員会副委員長(ベンチャー法務プロジェクトチームの座長)として、同PTのメンバーとともに、この研修会を発案・企画しました。現在のODRに関する先端の議論ができたと思っております。

出席者の中には、日弁連会長を務められた方や大阪弁護士会の現在の副会長数名もお越しになり、弁護士の業務や民事司法の行く末に関心のある方が、多数集まりました。

裁判のIT化とともに、ODRは、民事司法の大きな変革をもたらす可能性があり、これまで弁護士が救えなかった法律問題にも積極的に専門的な支援が受けられる可能性がでてきました。

また、登壇者の皆様が非常に穏和でありながら、明晰なトークが繰り広げられ、3時間があっという間に過ぎました。

ODRの議論は、まだまだ始まったところです。

私個人としても、できることに積極的に関与したいと思っております。

 

(文責:森 理俊)

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