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ベンチャー法務の部屋

【随想】スタートアップ企業から相談を受けるときに想うこと

スタートアップ企業から相談対応を専業としている弁護士として、相談を受けるときに意識していることがいくつかあります。

1つは、相談者への回答内容が、経営者の意思決定に有用であることです。

私たちは、私たちからの回答が「なるほど。Aという決断をすれば、Xというリスクがあり、Bという決断をすればそのリスクがない代わりに、Aのメリットが得られないのだな」「であれば、今回は、Xというリスクは許容するのでAという決断をしよう」といった経営判断が可能なように、有用な回答を提供しようと努めています。回答を受け取った方が、「なんだか難しいなぁ。」「で、どうすればよいか、イマイチよくわからないなぁ」ということにならないようにしたいと考えています。

ただ、このように有用な回答を行うというのは、言うは易く行うは難いものです。
特に、経営判断においては、他の経営的な要素が強く関係しますので、必要な材料を提供するには、十分なコミュニケーションが必要です。しかも、私たちが把握した法的リスクの程度を、平易な日本語で且つ誤解の生じない形で表現しなければなりません。
実際には、メールで回答しつつ、口頭で補足するということも、少なくありません。

もう1つ意識していることは、Aという方策が検討されている場合に、よりリスク回避的で同程度の効果が実現できる施策はないか、という点に考えを巡らせるようにしている点です。

スタートアップ企業と取引先において、何らかの揉め事がある場合に、その揉め事を正面から解決することが有用な場合もありますが、揉め事を何らかの方法で回避又は終了させつつ、別の方策で揉め事解決と同様の状態を実現するということがないか、常に考えています。ここで具体的な揉め事に触れることは難しいのですが、例えば退職者の株式の株式譲渡や株価算定で争いがある場合に、スタートアップ企業が実現したい状態に持っていくには、「その退職者との交渉」以外の解決策が見つかる場合があります。そういった全くの別ルートが発見できないか、日々頭を巡らせているのです。

スタートアップ企業は、常に「挑戦」しています。
そして、その「挑戦」には、常に不明確さが伴います。私たちの仕事の1つは、その不明確さ=リスクに見合った挑戦であるのか、そのリスクをできる限り回避することを念頭に置きつつも、まずはスタートアップ企業の経営者や担当者にとってリスクを正確に把握できる状態にすることではないかと考えています。

(文責:森 理俊)

2021年04月01日 11:53|カテゴリー:企業法務||コメントはまだありません

帳簿の保存と電子化対応

請求書や納品書等の帳票類の保管について、いかがされていますでしょうか。

法律の規定としては、各種の税法に、帳票類の保管に関する規定がおかれています。例えば、法人税法第126条第1項、法人税法施行規則第59条で、青色申告の承認を受けている内国法人について、7年間の帳簿書類の保管義務を定めています(ご参考に、文末に、条文を引用しています。)。

このため、大量の帳簿書類の詰まった段ボール箱を、倉庫等に保管されている会社も多いのではないでしょうか。

これらの帳簿書類について、紙媒体ではなく、電子データで保管することが許容される場合があることについて、ご存知でしょうか。「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」という名称の法律(いわゆる電子帳簿保存法)が、平成10年に施行されています。当該法律の目的は、第1条で、「この法律は、情報化社会に対応し、国税の納税義務の適正な履行を確保しつつ納税者等の国税関係帳簿書類の保存に係る負担を軽減する等のため、電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等について、所得税法(昭和四十年法律第三十三号)、法人税法(昭和四十年法律第三十四号)その他の国税に関する法律の特例を定めるものとする。」とされています。

簡単にいえば、電子データでの保存を認めて、負担を軽減しようということですね。意外に早くから、デジタルトランスフォーメーション(DX)っぽいことが行われていたのですね。

国税庁も、「はじめませんか、帳簿書類の電子化!」ということで、令和元年ですが、帳簿書類の電子化を推奨しています。

https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sonota/0018004-061_01.pdf

帳簿書類の電子化については、少し、制度が複雑で分かりにくい部分があるのですが、国税庁のウェブサイトで、詳細に説明されていますので、ご参考ください。

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/07/01.htm

同法は、平成10年の施行の後、数回の改正が行われていますが、直近では、令和2年10月に、改正法が施行されています。

https://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei20/nouzei.html

同改正には、PDF等の形式で、請求書等について、印刷せずにデータのままで保存する場合、従来は、タイムスタンプの付与が必要とされていましたが、ユーザーが自由にデータを改変できないシステム等を利用している場合には、タイムスタンプの付与を不要とする点等が、含まれています。

帳簿書類の電子化を有効活用して、帳簿書類の保管に要していた費用、労力、スペース等の削減について、ご検討されてはいかがでしょうか。

法人税法

(青色申告法人の帳簿書類)

第百二十六条 第百二十一条第一項(青色申告)の承認を受けている内国法人は、財務省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けてこれにその取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならない。

2 納税地の所轄税務署長は、必要があると認めるときは、第百二十一条第一項の承認を受けている内国法人に対し、前項に規定する帳簿書類について必要な指示をすることができる。

法人税法施行規則

(帳簿書類の整理保存)

第五十九条 青色申告法人は、次に掲げる帳簿書類を整理し、起算日から七年間、これを納税地(第三号に掲げる書類にあつては、当該納税地又は同号の取引に係る国内の事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地)に保存しなければならない。

一 第五十四条(取引に関する帳簿及び記載事項)に規定する帳簿並びに当該青色申告法人の資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引に関して作成されたその他の帳簿

二 棚卸表、貸借対照表及び損益計算書並びに決算に関して作成されたその他の書類

三 取引に関して、相手方から受け取つた注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類及び自己の作成したこれらの書類でその写しのあるものはその写し

2 前項に規定する起算日とは、帳簿についてはその閉鎖の日の属する事業年度終了の日の翌日から二月(法第七十五条の二(確定申告書の提出期限の延長の特例)の規定の適用を受けている場合には二月にその延長に係る月数を加えた月数とし、清算中の内国法人について残余財産が確定した場合には一月とする。以下この項において同じ。)を経過した日をいい、書類についてはその作成又は受領の日の属する事業年度終了の日の翌日から二月を経過した日をいう。

3 第一項各号に掲げる帳簿書類のうち次の表の各号の上欄に掲げるものについての当該各号の中欄に掲げる期間における同項の規定による保存については、当該各号の下欄に掲げる方法によることができる。

一 第一項第三号に掲げる書類(帳簿代用書類に該当するものを除く。)のうち国税庁長官が定めるもの

前項に規定する起算日以後三年を経過した日から当該起算日以後五年を経過する日までの期間

財務大臣の定める方法

二 第一項各号に掲げる帳簿書類

前項に規定する起算日から五年を経過した日以後の期間

財務大臣の定める方法

4 前項の表の第一号の上欄に規定する帳簿代用書類とは、第一項第三号に掲げる書類のうち、別表二十に定める記載事項の全部又は一部の帳簿への記載に代えて当該記載事項が記載されている書類を整理し、その整理されたものを保存している場合における当該書類をいう。

5 国税庁長官は、第三項の表の第一号の規定により書類を定めたときは、これを告示する。

6 財務大臣は、第三項の表の各号の規定により方法を定めたときは、これを告示する。

(文責:藤井宣行)

下請代金支払遅延等防止法

日本政府は、新型コロナウイルスに関連する各種の財政政策を行っていますが、過日、約300兆円ともいわれる巨額の財源の一部として、消費税率の引き上げが議論されているとの記事を目にしました。消費税率の引き上げに関しては、平成26年(2014年)4月に5%から8%、令和元年(2019年)10月に8%から10%に引き上げられました。

これに関し、中小企業及び事業者等が、消費税率の引き上げに伴う負担を大企業等に転嫁できない事態が生じることを防ぐため、平成25年(2013年)10月1日付けで消費税転嫁対策特別措置法が施行されました。同法では、大規模小売事業者等による転嫁拒否等の禁止等が規定されていました。そして、同法は、令和3年(2021年)3月31日限りで、その効力を失うこととされてます(同法附則第2条第1項)。
では、同法の失効に伴い、同法で禁止されていた大規模小売事業者等による転嫁拒否等は、適法になるのでしょうか。

この点に関し、公正取引委員会は、令和3年1月7日、「消費税転嫁対策特別措置法の失効後における消費税の転嫁拒否等の行為に係る独占禁止法及び下請法の考え方に関するQ&A」を公表しました。
https://www.jftc.go.jp/tenkataisaku/tenka-shikko-QandA.html

同Q&Aでは、「同法の失効後においても,取引上優越した地位にある事業者が,その地位を利用して,取引の相手方に対して消費税の転嫁拒否等の行為を行う場合は,優越的地位の濫用として私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)上の問題となり得る。また,資本金の額及び取引の内容から,下請代金支払遅延等防止法(昭和31年法律第120号。以下「下請法」という。)の対象となる場合において,発注者である親事業者が,取引先である下請事業者に対して消費税の転嫁拒否等の行為を行うことは,下請法上の問題となり得る。
 このため,消費税転嫁対策特別措置法の失効後においては,消費税の転嫁拒否等の行為に係る独占禁止法違反行為及び下請法違反行為に対し,厳正に対処することとしている。」とされており、注意が必要です。

なお、下請法については、業務上、ご相談等を受ける機会が多くありますが、下請法の適用の有無について、資本金の額で判断することは多くのご担当者がご存知であるものの、限定された契約類型についてのみ下請法が適用されることについては、意外に知られていないことがあります(一般に、純粋な売買契約には下請法の適用がない等)。
当事務所では、下請法に関する社内セミナーの実施や、社内で活用していただくための下請法チェックリストの作成、提供等も行っていますので、ご興味をお持ちの方は、是非とも、お声がけください。

(文責:藤井宣行)

2021年03月04日 09:22|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

会社法改正(D&O保険)

令和元年12月4日に成立した会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)が、本年3月1日から施行されます。当該改正には、D&O保険に関するものが含まれており、今回は、この点について、少し説明します。

D&O保険(D&OはDirectors and Officersの略です。会社役員賠償責任保険ともいいます。)は、一般に、会社が保険契約者となり、役員等が被保険者となるもので、当該保険では、役員等がその業務として行った行為に基因して法律上負担する損害賠償金及び弁護士費用等を補償の対象とします。

D&O保険では、保険金に限度額が定められおり、また、さまざまな免責条項(役員等が法令違反を認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)行った場合等)が設けられています。

従来、D&O保険は、会社法上の制度ではなく、単に、保険契約として存在するものでしたが、上記の改正で、会社法に取り込まれることになりました。

すなわち、会社法第430条の3第1項で、D&O保険について、「保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの」と規定されました。また、同項では、株式会社が、D&O保険の「内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。」と規定されました。

また、D&O保険にかかる保険契約の締結については、同契約に関する承認決議があれば、利益相反取引(会社法第356条第1項等)には該当しないとされました(改正会社法第360条の3第2項)。

なお、D&O保険については、会社が保険料を支払うことから、当該保険料について、会社から役員等に対する経済的利益が供与されており、役員等に対する所得税の課税が生じるのではないか、という問題がありました(課税があるとすれば、所得分類は給与所得となると考えられますから、会社には源泉徴収義務・納付義務の問題が生じることになります。)。

しかしながら、この点については、経済産業省から、令和2年9月30日付けで、「令和元年改正会社法施行後における会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて」が公表されていますので、ご紹介します。これによると、国税庁は、「会社が、改正会社法の規定に基づき、当該保険料を負担した場合には、当該負担は会社法上適法な負担と考えられることから、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はない。」と結論付けています。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/200930doinsurance.pdf

参考:

会社法(令和3年3月1日施行の令和元年会社法改正)

(役員等のために締結される保険契約)

第433条の3

株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第三項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。

2 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)並びに第四百二十三条第三項の規定は、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、取締役又は執行役を被保険者とするものの締結については、適用しない。

3 民法第百八条の規定は、前項の保険契約の締結については、適用しない。ただし、当該契約が役員等賠償責任保険契約である場合には、第一項の決議によってその内容が定められたときに限る。

(文責:藤井宣行)

2021年01月21日 11:52|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

令和3年3月1日施行の令和元年会社法改正のうち、 取締役の報酬等として当該株式会社の株式又は新株予約権を付与しようとする場合の改正点の解説

1 はじめに

今月(2020年11月)20日、令和元年会社法改正の施行日が公布されました。
令和3年3月1日です。

この令和元年会社法改正は、おおむね以下の事項を定めています。いくつかの新制度の制定があり、それなりに大きな改正です。
(1) 株主総会資料の電子提供制度の創設
(2) 株主提案権の濫用的な行使を制限するための措置の整備
(3) 取締役の報酬に関する規律の見直し
(4) 会社補償及び役員等のために締結される保険契約に関する規律の整備
(5) 社外取締役の活用等
(6) 社債の管理に関する規律の見直し
(7) 株式交付制度の創設
(8) その他(①募集新株予約権について募集事項として募集新株予約権の払込金額の算定方法を定めた場合であっても、原則的には、募集新株予約権の払込金額を登記すれば足りることとし、例外的に、登記の申請の時までに募集新株予約権の払込金額が確定していないときは、当該算定方法を登記しなければならないことと、②成年被後見人等についての取締役等の欠格条項を削除、③会社の支店の所在地における登記の廃止、等)

このうち、今回は、「 取締役の報酬に関する規律の見直し 」のうち、「取締役の報酬等として当該株式会社の株式又は新株予約権を付与しようとする場合には、定款又は株主総会の決議により、当該株式又は新株予約権の数の上限等を定めなければならないこと」について、解説します。

概要は、「取締役の報酬等を決定する手続等の透明性を向上させ,また,株式会社が業績等に連動した報酬等をより適切かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため,上場会社等の取締役会は,取締役の個人別の報酬等に関する決定方針を定めなければならないこととするとともに,上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には,金銭の払込み等を要しないこととするなどの規定を設けることとしています」というものです(令和元年12月11日付け(令和2年9月1日更新)法務省民事局 「会社法の一部を改正する法律について」)。

2 現行会社法における取締役への新株予約権の付与と取締役報酬規制

以前、「いわゆる有償ストック・オプションを発行する場合に、株主総会において報酬等に関する決議が必要か」というエントリーを当ブログに上げました。

現行(令和3年2月末日まで)の会社法では、取締役の報酬等(職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益)については、額、具体的な算定方法、又は内容を、定款又は株主総会の決議によって定めなければならないとのみ規定されています(会社法第361条第1項)。

現行の会社法では、会社法の取締役の報酬に関する規律との関係で、取締役に無償で新株予約権(ストックオプション)を付与する場合に、 具体的な算定方法、又は内容について、株主総会でどのように決議すべきかは、必ずしも会社法上明確ではありません。また、 取締役に有償で新株予約権(ストックオプション)を付与する場合にも、会社法361条にいう「報酬等」に該当するかどうか、はっきりせず、報酬決議が必要か否かも明確ではありませんでした。

3 ベンチャー企業の取締役にストックオプション(新株予約権)を付与する場合における、令和3年3月1日施行の令和元年会社法改正後の取締役報酬規制

令和元年会社法改正の第361条第1項では、 「報酬等のうち当該株式会社の募集新株予約権(第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項」(第4号)や「 報酬等のうち次のイ又はロに掲げるものと引換えにする払込みに充てるための金銭については、当該 イ又はロに定める事項」「 当該株式会社の募集新株予約権取締役が引き受ける当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項 」(第5号ロ)を株主総会で決議すれば、足りることが明確になりました。

 

 したがって、令和3年3月1日施行の令和元年会社法改正後は、
 【取締役に無償で新株予約権(ストックオプション)を付与する場合】は
 「報酬等」に該当するものとして、
 改正後の会社法第361条第1項第4号に基づき、
 ストックオプションの内容を決議した方がよいと考えます。


【 取締役に有償で新株予約権(ストックオプション)を付与する場合】も、
 「報酬等」に該当するものとして、
 それぞれ改正後の会社法第361条第1項第4号に基づき、
 ストックオプションの内容を決議した方がよいと考えます。

 また、【 取締役に有償で新株予約権(ストックオプション)を付与する場合】も、
 事実上有償部分の対価(払込金額)を役員に交付する場合は、「報酬等」に該当するものとして、改正後の会社法第361条第1項第4号又は第5号に基づき、ストックオプションの内容を決議した方がよい場面がでてくる可能性があると考えます。

(★ この内容は、2021年1月8日に変更しております。)

 決議すべき事項は、以下のとおりです。
① 当該募集新株予約権の数の上限
② 当該新株予約権の目的である株式の数 (種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数) 又はその算定方法
③ 当該新株予約権の行使に際して出資される財産の価額又はその算定方法
④ 金銭以外の財産を当該新株予約権の行使に際してする出資の目的とするときは、その旨並びに当該財産の内容及び価額
⑤ 当該新株予約権を行使することができる期間
⑥ 一定の資格を有する者が当該募集新株予約権を行使することができることとするときは、その旨及び当該一定の資格の内容の概要
⑦ 前二号に掲げる事項のほか、当該募集新株予約権の行使の条件を定めるときは、その条件の概要
⑧ 譲渡による当該新株予約権の取得について当該株式会社の承認を要することとするときは、その旨
⑨ 当該新株予約権について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができることとするときは、会社法236条第1項第7号イからチに掲げる事項(いわゆる取得条項の内容)
⑩ 当該募集新株予約権を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要

会社法第236条第1項の事項の他、行使資格や行使条件を明確にする必要があり、結局のところ、新株予約権の要項と割当契約書を別紙で添付して、報酬等の内容として決議することになるものと考えられます。

4 留意事項

 会社法改正施行前、要するに令和3年2月末日までに、株式やストックオプション(新株予約権)の授権枠の決議のみを株主総会で行い、取締役等への具体的な割当決議を施行後、すなわち令和3年3月1日以後に行う場合は、改めて株主総会で報酬決議を要するか否かについては、確認が必要であるため、弁護士にお問い合わせください。
 また、RSU等の事後交付型株式報酬等は、個別に検討を要しますので、こちらも弁護士にお問い合わせください。
 なお、 会社法改正施行前であっても、役員報酬決議に際して、改定後の決定事項を網羅した形で、役員報酬決議を取得しておくことは、会社法上、問題がないと考えられますので、今から取締役等にストックオプションを付与する場合は、是非、株主総会にて、 改定後の決定事項を網羅した形で役員報酬決議も同時に行っていただく方法がよいと考えます。

5 参考

参考までに、改正後の会社法第361条第1項第4号から第6項、施行規則第112条の2を掲載します。

会社法(令和3年3月1日施行の令和元年会社法改正)
(取締役の報酬等)
第361条第1項
取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
   (中略:1号~3号)
 四 報酬等のうち当該株式会社の募集新株予約権(第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項
 五 報酬等のうち次のイ又はロに掲げるものと引換えにする払込みに充てるための金銭については、当該イ又はロに定める事項
  イ 当該株式会社の募集株式取締役が引き受ける当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項
  ロ 当該株式会社の募集新株予約権取締役が引き受ける当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項
 六 報酬等のうち金銭でないもの(当該株式会社の募集株式及び募集新株予約権を除く。)については、その具体的な内容
  

会社法施行規則
第98条の3
法第三百六十一条第一項第四号に規定する法務省令で定める事項は、同号の募集新株予約権に係る次に掲げる事項とする。
 一 法第二百三十六条第一項第一号から第四号までに掲げる事項(同条第三項の場合には、同条第一項第一号、第三号及び第四号に掲げる事項並びに同条第三項各号に掲げる事項)
 二 一定の資格を有する者が当該募集新株予約権を行使することができることとするときは、その旨及び当該一定の資格の内容の概要
 三 前二号に掲げる事項のほか、当該募集新株予約権の行使の条件を定めるときは、その条件の概要
 四 法第二百三十六条第一項第六号に掲げる事項
 五 法第二百三十六条第一項第七号に掲げる事項の内容の概要
 六 取締役に対して当該募集新株予約権を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要(取締役の報酬等のうち株式等と引換えにする払込みに充てるための金銭について定めるべき事項)

第98条の4

法第三百六十一条第一項第五号イに規定する法務省令で定める事項は、同号イの募集株式に係る次に掲げる事項とする。
 一 一定の事由が生ずるまで当該募集株式を他人に譲り渡さないことを取締役に約させることとするときは、その旨及び当該一定の事由の概要
 二 一定の事由が生じたことを条件として当該募集株式を当該株式会社に無償で譲り渡すことを取締役に約させることとするときは、その旨及び当該一定の事由の概要
 三 前二号に掲げる事項のほか、取締役に対して当該募集株式と引換えにする払込みに充てるための金銭を交付する条件又は取締役に対して当該募集株式を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要

2 法第三百六十一条第一項第五号ロに規定する法務省令で定める事項は、同号ロの募集新株予約権に係る次に掲げる事項とする。 
  一 法第二百三十六条第一項第一号から第四号までに掲げる事項(同条第三項の場合には、同条第一項第一号、第三号及び第四号に掲げる事項並びに同条第三項各号に掲げる事項)
 二 一定の資格を有する者が当該募集新株予約権を行使することができることとするときは、その旨及び当該一定の資格の内容の概要
 三 前二号に掲げる事項のほか、当該募集新株予約権の行使の条件を定めるときは、その条件の概要
 四 法第二百三十六条第一項第六号に掲げる事項
 五 法第二百三十六条第一項第七号に掲げる事項の内容の概要  
 六 取締役に対して当該募集新株予約権と引換えにする払込みに充てるための金銭を交付する条件又は取締役に対して当該募集新株予約権を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要  

文責:森 理俊

正社員から個人事業主に

2020年11月11日付け日本経済新聞電子版に、「電通、社員230人を個人事業主に 新規事業創出ねらう」との記事が掲載されていました。同記事の概要を、以下に引用します。

  • 電通は一部の正社員を業務委託契約に切り替え、「個人事業主」として働いてもらう制度を始める。
  • 新制度の適用者は、営業や制作、間接部門など全職種の40代以上の社員約2800人を対象に募集した。適用者は早期退職したうえで、電通が11月に設立する新会社と業務委託契約を結ぶ。契約期間は10年間。電通時代の給与を基にした固定報酬のほか、実際の業務で発生した利益に応じてインセンティブも支払われる。
  • 適用者は電通社内の複数部署の仕事をするほか、他社と業務委託契約を結ぶこともできる。ただ競合他社との業務は禁止する。

要は、電通の正社員が、電通を退職し、個人事業主として、電通(または子会社)と業務委託契約を締結し、業務委託料の支払いを受けるというものです。同様の取り組みは、電通以外の企業でも実施されているようです。計測器メーカーのタニタでは、2016年から、同様の取り組みを実施されていて、現在では、社員の約1割にあたる24名が、タニタを退職し、個人事業主として、業務を行っているとのことです(https://seleck.cc/1419)。

タニタによれば、この取り組みの目的は、「優秀な人材がより主体性を発揮できるよう支援し、努力に報いること」です。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO50531260T01C19A0000000?channel=DF130420167231

この制度は、業務を受けるか否か、受ける場合の対価の額について、その都度、検討し、業務遂行に際しては、会社の指揮監督命令の下ではなく、自分の裁量と判断によって行う。また、労働時間の長短・休憩時間等についても、自己責任で調整する。これによって、正社員(労働者)の立場では実現できなかった「主体性」を発揮し、付加価値の高い業務を行って、提供した価値に応じた経済的利益を得られるようにする、という考えで、行われているのだと思います。

たしかに、この制度を利用した元社員の方のインタビューを読むと、個人事業主になって良かった点が多くあると感じている方もいるようです(https://seleck.cc/1419)。

他方、業務委託の契約期間が満了した時点で、契約を更新してもらえない場合や、満足できる対価での合意が困難な場合に、元従業員の生活保障については、どのように考えるのかという点(一般的には、他社からの発注を広く受けられるケースは多くないように思います。また、こういったリスクをふまえて、独立後の業務委託料を、独立前の給与に比較して大幅に高額に設定されることも想定しにくいです。)、もし雇用契約であれば時間外手当等が支給されるべき時間を働かなければこなせない業務を受注しても時間外手当等を支払ってもらえないという点、社会保険や年金はどうするのかという点、及び、社員の場合は給与所得としての給与所得控除があったうえ、源泉徴収と年末調整で済んでいたものが、事業所得となり給与所得控除がなくなり確定申告が必要となる点など、解決すべき課題は、たくさんあります。

実際に、これらの懸念点について、各所で議論されているようです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a96e7117dea95e8d43b0c9ab72b9152a7a3bac61

なお、もちろん、電通にしても、タニタにしても、上記のような懸念点については、十分に認識したうえで、対応されていることと思います。

個人的には、このような取り組みについて、貴重なチャレンジであると思っています。現在の労働法制下において、柔軟な制度設計をすることは必ずしも容易ではない面があることは否定できません。他方、多様な人材を確保し、かつ、多様な働き方を用意することによって、企業としての国際競争力を強化する必要性は、日増しに高まっています。そのためには、これまでにない発想と工夫で、新たな取り組みにチャレンジすることも必要でしょう。

もっとも、導入に際しては、上記の例のように、労働者にデメリットや不利益が生じることも想定されますので、これらの点について、労働者に対し、十二分に理解してもらったうえで、自主的な選択の機会を確保すべきことは言うまでもありません。

(文責:藤井宣行)

2020年11月18日 12:06|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

取締役の選任に係る株主間の契約や合意の有効性

1 はじめに

スタートアップ企業への投資に際しては、株主間契約や投資契約において、ベンチャーキャピタル(主にリード)側が、取締役1名の選任権を有する旨などと、規定していることが少なくありません。
この取締役選任権の趣旨は、取締役会の出席権を確保して、会社の業績や運営状況を把握し、適宜、コミュニケーションを図って、業績が想定通りに推移しているか、適切な会社運営がなされているかを確認しつつ、場合によっては企業価値向上のための適時適切なサポートにつなげたいということがあります。また、社外からの監視体制を維持することで、会社の体制が向上することへの期待もあるでしょう。

このような、取締役の選任についての株主間の契約や合意は、常に有効なのでしょうか。

2 検討

(1) 取締役の選任についての 株主間の契約や合意は、 株主総会における議決権を拘束する形で規定されます。
具体的な条文例として、

投資者は発行会社の取締役を1名指名する権利を有する。投資者がかかる権利を行使する場合、発行会社及び経営支配者は投資者が指名した者が取締役として速やかに選任されるために必要なあらゆる措置をとる。

といった形で規定されます。

かつては、議決権拘束契約は無効であるとの立場があったようですが、現在は、このような株主間の議決権拘束契約は有効であるとの立場が支配的であるとされています。

(2) ここでの「 株主間の議決権拘束契約は有効 」との意味は、いわゆる債権的効力として有効という意味です。

すなわち、当事者間では、拘束力があり、違反した場合には、債務不履行に基づく損害賠償請求ができる、という関係にはある一方で、合意内容に反した議決権行使がされたとしても議決権の効力自体には影響を及ぼしません。

(3) 実は、裁判例は、背景事業に応じて、判断が分かれています。
詳細は、割愛しますが、次のような事例で、 議決権拘束契約の法的拘束力を否定したものがあります。

取締役の選任につき、原告と被告の2人を代表取締役に選出するとの裁判外での和解が成立したとの背景事情がある事案で、

原告と被告の二人を代表取締役に選出するということで妥協点を見出して裁判外で和解し、右の訴訟等も取下げて紛争を解決したことが認められる。
原告は、右の和解によつて、被告が原告に対し、昭和四四年当時にあつても、原告が取締役に選出されるべく株主ないし取締役として行動すべき法的義務を負つていることを前提にして、被告の行為の和解契約違反を主張する。しかし、原被告各本人尋問の結果によれば、右和解に関しては何らの書面も作成されなかつたことが認められ、このことに照らすと、原告を(代表)取締役に選出するべく行動するといつても、これはせいぜい、いわゆる紳士協定といわれるものではないかと思われるし、かりに契約上の厳格な義務を定めたものであるにしても、その後一五年を経た昭和四四年当時にも存続しているとする原告の主張は採り得ない。そもそも、原被告各本人尋問の結果によれば、原被告を代表取締役に選出するというのは、当時生じていた前記紛争をその時点において解決するための方策であつて、暫定的な義務を定めたにすぎないとみるのが相当である。かりに、当事者間で将来に及ぶものと約束したとすれば、法が、取締役の選任を株主総会の専権事項とし(商法二五四条一項)、取締役の任期につき二年を超えることができないと定めている(同法二五六条一項)趣旨に反し、約束自体の効力が問題とされなければならない。原、被告らの内部的な問題としても、一五年も後において右約束に法的拘束力を認めることは相当でない。
結局、原告が和解違反をいう点はその前提を欠き失当というべきである。

東京地方裁判所昭和56年6月12日判決(昭和46年(ワ)第1283号 )

と判示し、法的拘束力を否定した裁判例があります。

一方、原審の議決権拘束契約の法的拘束力を否定する判断を覆し、議決権拘束契約を有効とした裁判例もあります。

東京高等裁判所 平成12年5月30日判決(平成11年(ネ)第5672号)は、以下のように判示しました。

右(1)の合意は、KSの株主総会において控訴人一夫と訴外春夫とをともに取締役として選任するよう議決権を行使すべきことを約束したものと解されるが、本来、株主がどのように議決権を行使するかは株主の自由であり、商法上、株主総会は株式数の多数によって決議される機関とされており、したがって、会社は多数の株式を有する株主によって支配されるものであるとされていることに鑑みると、株主が多数の賛成を得るために他の株主に働きかけて右のような合意をすることは、何らこれを不当視すべきものではなく、これが商法の精神にもとるものともいえないから 右の合意もまた有効であるというべきであり、控訴人一郎及び被控訴人は、KSの株主総会において右の合意に従った議決権を行使すべき義務を負うに至ったものというべきである。

東京高等裁判所 平成12年5月30日判決(平成11年(ネ)第5672号)

近時の裁判例( 東京地裁令和元年5月17日判決 )では、

本件取締役選任合意は、本件会社が新ビルを建築しようという場面において、新ビルに係る権利関係を確認した上で、その建築等を新たな取締役の下で促進すべく締結した契約書の中で、取締役の人選について具体的に定めたものであるから、法的拘束力を有するものと解するのが相当である。

としつつ、

以上によれば、本件取締役選任合意は、その文言や、新ビル契約書の他の条項、本件会社設立時の取締役選任についての合意との整合やその他諸般の事情に照らすと、B、C及びD(その指名された者を含む)がそれぞれ本件会社の取締役に選任されることを暫定的に合意したものと解するのも十分に可能であり、原告らが主張するように、それぞれの相続人の代に至った段階における本件会社の利益分配をも意識して、Q家とR家とから少なくとも1名ずつの取締役を選出する趣旨で本件取締役選任合意をしたとまでは認められないというべきである。

東京地裁令和元年5月17日判決

として、株主総会において取締役選任議案に賛成の意思表示を求めた原告の請求を棄却したものがあります(控訴)。

この事例の条文は、「Aビルデイング株式会社は本年5月迄に取締役を改選し、B、C、E(Dの代理人)の三名を新取締役に選任する。我々は今后、Aビルデイング株式会社の取締役は我々三名(その指名された者を含む)を互選する事に定めた。又取締役は累積投票で選任出来る如将来定款を改正する事を協議する。Eは取締役就任迄部長として勤務す。Dの代理人は日本人に限る。」というものであり、文言だけを見ても、確かに「 Q家とR家とから少なくとも1名ずつの取締役を選出する趣旨で本件取締役選任合意をしたとまでは認められない」という判断もやむを得ないように思います。

(4) 翻って、 スタートアップ企業への投資に際して締結される株主間契約や投資契約の、 取締役の選任についての株主間の契約や合意は、有効でしょうか。

当職の見解ですが、有効(債権的に有効)だと考えます。

一般に、 議決権拘束契約の法的拘束力は有効と考えられていることに加えて、その効力の時間的な範囲(期間)が、通常、上場までの間、又は投資家が株式を保有している間、などとして明確にされていることが通例であり、締結の趣旨とその範囲が明確になっていること等から、裁判になっても、有効と判断されるものと考えます。

(5) 上記の裁判例(東京地裁令和元年5月17日判決)の判例研究(金融商事判例No,1600)に、「現在の会社法の下では、本件のような事案においては種類株主総会により取締役・監査役を選任できる株式(108条1項8号)を利用すればよいのであろうが」(7頁)、との記載がありますので、この点は、実務的な観点を補足したいと思います。

確かに、 種類株主総会により取締役・監査役を選任できる株式(108条1項8号)を利用すれば、「 Q家とR家とから少なくとも1名ずつの取締役を選出する 」といった趣旨は達成できる可能性があります。

しかし、一方で、種類株式を利用すると、種類株式発行会社となり、募集株式の発行の際に、(定款で排除しない限り)発行する種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を要するなど、その後の会社のオペレーションが煩雑になり、増資への拒否権の内容が想定と異なる事態が生じ得ることもあって、 種類株式発行会社となることを選択しないことが合理的なケースが少なくありません。

そもそも、様々な事態を想定して、種類株式を設計し、適切に定款に反映することは、容易なことではなく、種類株式の発行を熟知した法律の専門家の助言を得て作成することが強く推奨されます。

そうすると、本件のような事案では、わざわざ定款を変更して、種類株式を導入するといった動機は生じにくく、比較的容易に実現可能な議決権拘束契約が選択されることが多いといえます。

なお、 種類株式を利用することのメリットとして、単なる債権的効力のみではなく、相手方の行動に左右されることなく、着実に取締役を選任できるということを実現することができる点が挙げられます。ただ、このメリットも、取締役1名の選任のみと考えると、重要性が高い(種類株式を導入してまで実現したい)ものかというと、ベンチャー投資の場面に限って言えば、実務上は、それほどでもないことが多いように思います。

3 結論

以上のとおり、 取締役の選任についての株主間の契約や合意は、原則として有効であり、スタートアップ企業がVCと締結する投資契約や株主間契約に規定されている場合は、ほぼ間違いなく有効であると考えられます。

SNS等のアカウントで、会社の業務を行っていた取締役が、退職後にアカウントのパスワードを開示しなければならないか。

1 問題の所在

スタートアップ企業では、取締役や従業員が、フェイスブックやインスタグラム等のSNSの個人アカウントで、会社の業務執行の一環として、製品の画像をアップしたり、他のインフルエンサーとつながっていることなどがあります。また、SNSではなく、開発に関するアカウントを作成することもあります。取締役や従業員が退職した場合に、どのような場合にまでパスワードの開示義務を負うのでしょうか。特に、会社から支給されたメールアドレスでID登録し、会社の業務のみに使用していた場合(明白に会社の業務執行である場合)だけではなく、IDのメールアドレスが会社支給のものではなかったり、SNS上でプライベートと仕事の境目が判別しない関係性があったりする場合に、どのように判断できるのでしょうか。

2 裁判例

参考裁判例として、大阪高裁平成31年3月27日判決(平成30年(ネ)第1767号)があります。(時間の関係上、この問題について、関連する裁判例をくまなくチェックできているわけではありません。予めご了承ください。)

この事例は、ある取締役が,会社以外の業者のメールアドレスをIDとして、SNSにログインして、その取締役自身の写真や会社が販売していた商品等の写真を投稿していたところ,取締役を退任後,会社にアカウントのパスワードを開示しないため,会社がログインできないことなどから損害を受けたとして,その退職した取締役に対し,アカウントのパスワード開示及び損害賠償を求めた事例です。

この事件では、原審(大阪地裁:大阪地方裁判所 平成30年7月20日 判決(平成29年(ワ)第8880号))では、請求が棄却され、パスワードの開示も、損害賠償請求も認められませんでした。

しかし、控訴審である大阪高裁は,退職した取締役は本件アカウントを会社の業務の一環として開設・管理運営してきたものであり,委任契約終了に当たっての引継義務には本件アカウントの移管が含まれるとして,その退職した取締役に対し,本件アカウントのパスワードの開示,並びに広告媒体機能不使用による財産的損害として相当額の支払を各命じ,原判決を変更しました。

【参考裁判例からの抜粋】
1 事案の骨子
 本件は,訴外A(A社)との間で契約を締結して,訴外B(B社)との契約に基づき付与されたメールアドレス(本件メールアドレス)をA社に後記の個人識別子として提供してA社提供の画像共有ウェブサービス(本件サービス)を受けるとともに,本件メールアドレス利用者としてのアカウント(本件アカウント)を付与されていた被控訴人が,本件アカウントにログインして,自らあるいは仲間のラグビー選手の写真とともに,控訴人において「△△ ◇◇ □□」ブランドで販売していた商品等の写真も投稿していたものであるが,被控訴人が,控訴人の取締役退任後,控訴人に対し,本件アカウントのパスワードを開示しないため,これに起因して,控訴人が本件アカウントにログインして画像を投稿等の管理運営をすることができず,これら画像を自動的に共有閲覧することとなる不特定の利用者が減少し,これにより売上減少等の損害を受けたとして,被控訴人に対し,①取締役辞任に伴う報告義務ないし引継ぎ義務の履行として,本件アカウントにログインするためのパスワードを控訴人に開示すること並びに②上記①の義務不履行を原因として生じた売上減少等に対する損害賠償として,300万円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(中略)
3 争点1(本件アカウントの委任契約上のパスワード開示義務の存否) 
(1) 委任契約上の義務の存否について 
ア 本件アカウントの利用者たる地位
  前記2の本件サービスの概要に照らせば,A社に対する関係において,本件アカウントは,その利用者たる地位は,これを開設し,そのメールアドレスを提供した被控訴人に帰属するものといわざるを得ない。
イ 本件アカウントの管理について
  他方,本件アカウントは,控訴人の業務に関連するものであることは外形的に明らかであり,次の事実を総合すると,被控訴人は,本件アカウントを控訴人の業務の一環(広報や販売促進の手段)として,開設し,管理運営してきたというべきであるから,被控訴人の控訴人に対して負う委任契約の終了に当たっての引継義務には,本件アカウントの移管が含まれるというべきである。

(以下、略)

大阪高等裁判所平成31年3月27日判決(平成30年(ネ)第1767号)

3 ポイント

上記参考裁判例では、「本件アカウントは,その利用者たる地位は,これを開設し,そのメールアドレスを提供した被控訴人(著者注:退職した取締役)に帰属するものといわざるを得ない。」としながらも、「控訴人(著者注:会社)の業務に関連するものであることは外形的に明らかであり,次の事実を総合すると,被控訴人 (著者注:退職した取締役) は,本件アカウントを控訴人 (著者注:会社) の業務の一環(広報や販売促進の手段)として,開設し,管理運営してきたというべきであるから,被控訴人 (著者注:退職した取締役) の控訴人 (著者注:会社) に対して負う委任契約の終了に当たっての引継義務には,本件アカウントの移管が含まれる」として、委任契約の終了に伴う引継義務の一環として、開示義務や損害賠償義務が認められています(但し、裁判所の判断として明示的に、これらの条文を根拠としたとされているわけではありません。)。

なお、本裁判例では、控訴人は、取締役辞任に伴う報告義務ないし引継義務の法的根拠を、会社法330条,民法645条、本件アカウントの移管義務の法的根拠を、民法646条2項に求めています。

会社法330条
 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
民法645条
 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
民法646条2項
 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。

本件では、「次の事実を総合すると,」という文言があるように、事例における細部の事実関係が総合的に考慮されており、他の事実関係を前提とした場合に、どこまで適用できるかは、必ずしも明らかではありません。

実際に考慮された要素として、アカウントのユーザー名が会社の商標(出願登録)と同じ点、フランチャイジー店舗のSNSのアカウントのユーザーネームを本件アカウントのユーザー名を含むものとなるよう指示していた点、本件アカウントの閲覧により最初に現れる画面に表示される会社の公式ウェブサイトのトップページ(ホームページ)へのハイパーリンクが設定されている点などが挙げられています。

筆者の私見を述べると、全くの個人アカウントであれば、パスワードの開示は認められないものの、会社の業務に必要なアカウントや業務の一環として管理運営されてきたアカウントであれば、仮にアカウントに関する契約の当事者が個人であったとしても、引継ぎ義務の対象になる可能性が高く、退職した取締役や従業員は、アカウントの適切な引継ぎを拒絶した場合は、損害賠償義務や開示義務を負うことがありうると考えます。ただ、会社側も、このような事態を招かないようにするために、予め、会社の業務で使うアカウントを明確にした上で、パスワードも、会社で把握する等の措置をとっておいた方がよいでしょう。(なお、上記参考裁判例では、退職した取締役は、取締役兼代表取締役であったようであり、このような措置をあらかじめ採ることは難しかったと思われます。)

(文責:森 理俊)

ジョブ型雇用

昨今、各種の報道等で、ジョブ型雇用という言葉を、目や耳にする機会が多いかと思います。

ジョブ型雇用とは、どのような雇用形態を指すのでしょうか。

記事等の内容からは、統一された定義は存在しないように思います。

厚生労働省の規制改革会議が公表した「ジョブ型正社員の雇用ルール整備に関する意見」(平成25年12月5日付け)では、ジョブ型正社員について、「職務、勤務地、労働時間いずれかが限定される正社員」と定義しています。

また、日本経済新聞電子版朝刊(2020年9月2日付け)では、「職務を明確にした上で最適な人材を配置する欧米などで一般的な雇用形態。終身雇用を前提に会社の一員となった社員が様々な職責を負う日本の「メンバーシップ型」雇用と対比される概念。労働時間ではなく、職務に対する成果や目標の達成度合いで賃金が決まる。欧米ではその職務がなくなったり、能力が不足したりした場合、雇用契約を解除されるケースが多い。」と記載されています。

このジョブ型雇用を導入する目的は、専門性に特化したプロフェッショナルな労働力の確保、子育てや介護等の関係から転勤を望まない正社員としての労働力の確保等であると考えられます。

昨今、ジョブ型雇用について、コロナ対策で、リモートワーク・テレワークが増加し、定着してきたことから、アフターコロナでは、ジョブ型雇用が増える(または増やすべき)といった内容が多いように思います。

たしかに、リモートワーク・テレワークのみを行う従業員について、「勤務地や勤務方法が限定された正社員」との観点から、ジョブ型雇用であると評価することも可能であるとは思います。しかしながら、本来、ジョブ型雇用は、多様な働き方に関する制度であり、必ずしもリモートワーク・テレワークとは関係がない制度です(現に、上記の規制改革会議の意見書は平成25年に作成されています。)。

個人的には、現在のジョブ型雇用に関する議論は、どちらかというと、ジョブ=職務を限定し、その職務と従業員との関係性を重視するものが多いように感じています。一般に、ジョブ型雇用では、ジョブディスクリプション(職務記述書)を作成して、従事すべき業務を明確にすることが予定されています。

そうだとすると、そのジョブディスクリプションに記載された業務が会社から無くなった場合、どのような対応をすべきなのでしょうか。上記の日経電子版の記事では、「欧米ではその職務がなくなったり、能力が不足したりした場合、雇用契約を解除されるケースが多い。」と紹介されています。

しかしながら、現在の日本の労働法では、会社が、正社員について雇用契約を解除(=解雇)した場合に、解雇の有効性を維持できることは多くありません。

会社と従業員ではなく、職務と従業員の結びつきを重視することを、ジョブ型雇用とするのであれば、会社内にその職務が存在しなくなった場合等に、会社と従業員との関係を、どのような設計にするのかについての十分な議論が重要です。具体的には、期間の定めのある雇用契約を活用したり、ジョブディスクリプションの記載方法に工夫する等の方策が考えられます。

ジョブ型雇用等の新たな制度を導入し、多様な労働力の確保をすることや、労働力の有効活用をすることは、本来、労使双方にとって有益であるはずです。社会全体にとっても、適切に、ジョブ型雇用が導入され、活用されることは、有益であり、個人的にも良いことであると考えています。他方、導入に際しては、当然ながら、現行の法制度に抵触してはなりませんし、現行の就業規則等の社内規定の修正が必要となることもありますので、慎重な検討が必要です。

当事務所では、ジョブ型雇用の導入に関するご相談はもちろん、労務面の法令適合性の確認(労務デュー・ディリジェンス)等のサービスも提供しておりますので、関心がおありの方は、お問い合わせください。

(文責:藤井宣行)

2020年09月23日 13:44|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

大会社への移行は何が問題か

1 はじめに

ベンチャー企業が増資を繰り返して、資本金が5億円以上となることがあります。
資本金が5億円以上となる場合に気をつけなければならないのが、「大会社」に該当することに伴い、会社法上の義務が増える点です。

今回は、この大会社に該当することの問題について、検討します。

2 大会社とは何か。

「大会社」の定義は、会社法第2条第6号に規定されています。

会社法第2条第6号
大会社 次に掲げる要件のいずれかに該当する株式会社をいう。
イ 最終事業年度に係る貸借対照表(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては、同条の規定により定時株主総会に報告された貸借対照表をいい、株式会社の成立後最初の定時株主総会までの間においては、第四百三十五条第一項の貸借対照表をいう。ロにおいて同じ。)に資本金として計上した額が五億円以上であること。
ロ 最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が二百億円以上であること。

簡単に申せば、定時株主総会で承認される貸借対照表において、資本金が5億円以上となるか、負債が200億円以上となると、その承認を決議をする定時株主総会以降、大会社となり、会社法上の種々の義務を負います。

3 大会社へ移行することで生じる問題


(1) 会計監査人
公開会社でであるか否かにかかわらず、大会社は会計監査人を置かなければなりません(会社法第328条)。
会計監査人を設置するためには、まず、監査法人等と監査契約を締結する必要があります。 小さいベンチャー企業であっても、 コストは、年間で最低数百万円から必要となり、決して馬鹿になりません。
なお、会社法上の会計監査人設置の手続きは、株主総会の決議による会計監査人を設置する旨の定款変更と、会計監査人の選任です。

また、会計監査人設置会社になることに伴って、監査役の監査の範囲を会計監査に限定することはできなくなります(同法第389条第1項)。そのため、 監査役の監査の範囲を会計監査に限定している場合は、会社法上 、株主総会の決議で、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めを廃止する旨の定款変更と、監査役選任の決議が必要となります(同法第336条第4項第3号)。

(2) 内部統制システム
大会社の取締役会は、いわゆる内部統制システムの整備にかかる決定をしなければなりません(会社法第362条第4項第6号、第5項)。

(3) 公告義務の加重
株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表を公告しなければなりませんが、大会社は、さらに、損益計算書も公告しなければなりません(会社法第440条第1項)。なお、いわゆる継続開示会社は、この公告義務を負いませんが(同条第4項)、その代わり、 大会社で、且つ継続開示会社は、連結計算書類を作成しなければなりません(同法第444条第3項)。

4 大会社になることを回避する方法

大会社になることを回避するためには、年度末までに資本金を5億円未満にすれば、足ります ( なお、ほとんどの未上場ベンチャー企業の負債額は200億円未満と思われますが、もし負債額が200億円以上であれば、負債額を200億円未満に減らすことも必要です。) 。

資本金を減らすためには、株主総会を開催し、資本金の額の減少を決議(会社法第447条)する必要があります。

(文責:森 理俊)

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