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憩いの部屋

テキサス州オースティン

日本経済新聞の記事で、「飲食・エンタメ、テキサスめざす」(2022年2月9日)という記事が目にとまりました。

同記事では、テキサス州やその州都であるオースティンが下記のように取り上げられています。

電気自動車(EV)のテスラをはじめとするシリコンバレーの成長企業が相次いで本社を移す米テキサス州に、レストランやエンターテインメント業界でも店舗や本社を移転する動きが相次いでいる。物価や不動産価格の高騰が深刻なニューヨークやカリフォルニアを離れ、税金や家賃、人件費などが比較的安く、人材が集まるテキサス州に商機を見いだす動きが出ている。

(中略)

税金が安く、成長企業での雇用の機会が増えるテキサス州には、企業が相次ぎ本社機能を移転させている。IT(情報技術)大手オラクルが20年12月に本社をテキサス州オースティンに移転したほか、テスラも昨年10月にオースティンに移転すると発表した。同社のイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)もテキサス州に転居したことを明らかにしている。

日本企業でもトヨタ自動車が17年、三菱重工業が16年、日本製鉄が昨年11月に米国拠点をテキサスに移している。

実は、私は約10年前の2011年から2012年にかけて、テキサス大学オースティン校ロースクール(The University of Texas at Austin School of Law)に留学していた関係で、このオースティンで暮らしていました。

当時も、オースティンは、自然豊か(川がそのままプールになっていてニューヨーク州の司法試験の受験勉強で煮詰まった際には川プールで泳いで気分転換をしたりしていました)で治安も良く、暮らしやすかったです。オースティンは、Live Music Capital Of The Worldとも呼ばれており、いたるところでライブ音楽を聴くことができ、いろいろなところに足を運びました。

テキサス大学オースティン校ロースクールのウェブページでは、

英語でのご紹介になりますが、オースティンでの暮らしについて

We are in Austin–the Live Music Capital of the World, the fastest-growing big city in the country, and the second best city for liberals to live. Technology companies such as Apple, Dell, Facebook, Google, IBM, Intel, National Instruments, Oracle, and Samsung have established major operations in Austin. Boasting 400 live music venues, 100 barbecue restaurants, 200 miles of urban hike and bike trails, and 300 sunny days each year, we say that Austin is the best place in the world to be a law student.

と記載されており、暮らしてみてもまさにこのような感じでした。

私が留学していた頃は、ダルビッシュ投手がテキサスレンジャースに所属しており、夏にデイゲームを観戦に行ったところ、あまりの暑さにへばってしまいましたが、灼熱の中で投げ続けるダルビッシュ投手へのリスペクトが高まりました。

上原浩治投手(当時)はテキサスレンジャースに所属しており、二軍チームで調整登板をする際に地元のスタジアムで観戦することもできました。

この日経新聞の記事を読んで、オースティンでの暮らしが急に懐かしくなりました。

コロナが落ち着いて渡航できるようになったら、久しぶりにオースティンを訪れてみたいと思います。

(文責:河野雄介)

2022年03月03日 10:24|カテゴリー:

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最後のダイエット

甘いものが大好きで太りやすい私はこれまで数多くのダイエットを行なってきました。

私のことを良く知る人は、「お前がダイエットをしていない時を知らん。」とまで言います。

私は、学生の頃は180cm62kgとマッチ棒のような体型だったのですが、体重は緩やかに増え続け、コロナによって致命的な増加を果たしました。体力はなくなり、体調も悪くなったので、人生最後のダイエットと心に決め、取り組むことにしました。

人生最後のダイエットである以上、これまでに繰り返し行ってきたダイエットは全て忘れる必要がありました。
トレーナーのアドバイスを受けながら、骨格筋量は維持ないし増加させた上で、体脂肪量を減らしていく、これまでに取り組んだことのないダイエットです。

トレーナーからは、揚げ物と菓子パンを控えて下さい、という指示がありました。1ヶ月間、その約束はほぼ守ったのですが、1ヶ月後、体重は増えていました。しかも、脂肪が。揚げ物と菓子パンを控えるぐらい大したことないと思われるかもしれませんが、私はドーナツとチョコパンが大好物で、週に何度も食べていたため、これを奪われることは、私にとって大きな苦痛でした。

食事制限をしたにもかかわらず体重が増加したことにより、揚げ物と菓子パンだけだったはずの食事制限の内容に、炭水化物全般が加わりました。なお、ラーメンとカレーもダメか?という私の質問に対し、トレーナーからは、「ラーメンとカレーについては、食べて良いかどうかではなく、もうこの世にはないものと思って下さい。」という厳しい言葉がありました。そう思うことにしました。

約3ヶ月経ち、骨格筋量を微増させながら体重は4.5kg減りました。

揚げ物と菓子パンだけでなく、炭水化物も(特に夜は)ほぼ摂らなくなりましたが、この食生活にも慣れてきました。週末に食べすぎたと感じれば、週明けの食事で調整するということもできるようになりました。また、甘いものを食べるなら、干し芋か和菓子がよいとのアドバイスを受け、これまで餡子が苦手だったにもかかわらず、豆大福を食べるようになりました。

まだまだ突き詰めれば改善点はあるものの、「人生最後のダイエット」は、継続できるものでなければなりません。

しかし、より自分をコントロールできるようになった暁には、もう一度、事務所近くのラーメン屋さんの列に並び、ミスタードーナツでドーナツを買い、冷凍庫に眠る大量の松屋の冷凍カレーを処理したいと考えています。

(文責:三村雅一)

2022年02月14日 10:08|カテゴリー:

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自分を理解する

2021年も、あと数日となりました。

 

先日、ある経営者の方と話していると、その方が、「これまで、経営者として取引先や部下といった他人を理解することに意識が向いてしまっていたが、最近、自分を理解することを意識している」と話されていました。

 

取引先やマーケットのニーズを理解することは、ビジネスを成長させるうえで重要ですし、経営者としては、部下の特徴や考え方等を理解することも重要でしょう。家族関係も同じなのでしょうね。この点は、聞いていて、「そうだよな」と思っていました。

他方、「自分を理解する」という表現について、私は、聞いた時点では、あまりピンときませんでした。詳しくお聞きしてみると、その方は、「自分は、自分の中で創り上げてしまった経営者はこうあるべきというイメージや、経済界等で理想的とされている経営者のイメージがあって、無意識のうちに、そのイメージに近づこうと努力していた。でも、必ずしも、それが会社や自分の成長のためにベストではないと思うようになった。」ということでした。

お話しをじっくりと聞いていると、たしかに、本来の自分の個性・特徴を無視して、自らまたは他人から設定されたあるべきイメージに合わせることを継続することは、必ずしも、自らの幸せに結び付かないことが多いようにも思えました。また、ある意味、自らに適正がない業務を継続することになりますから、パファーマンスとしてベストではないでしょうし、その結果、組織の成長にとってもベストではないという関係性もありそうだと感じました。

私自身も、これまで「自分を理解する」ということを、少なくとも明確に意識したことはありませんでしたので、来年は、やるべき事項について「向いてない」といった口実にしないように注意しつつ、少し意識してみようと思います。

 

(文責:藤井宣行)

2021年12月27日 14:59|カテゴリー:

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優しい世界を実現するために

京王線刺傷事件によって、「ジョーカー」という映画を規制すべき、といった議論がされています。「ジョーカー」は、心優しい善良な男、アーサーが社会の不条理に打ちのめされていく中で、悪のカリスマ・ジョーカーへと変貌していくストーリーと紹介されています。

 

もっとも、過去にも凶行的な犯罪が起こったときには、こういった議論がなされており、凶行的な犯罪をなくすためにはどうすればよいのか、という問題は今に始まったことではありません。繰り返される悲惨な事件を止める方法はないのか、という点について、ヒントとなりそうないくつかの話を紹介します。

 

株式会社Rの代表取締役である佐藤ゆきこさんは、Twitterに、「誹謗中傷とか先日の京王線ジョーカー事件とか。その行為自体は絶対許されることじゃないしダメなものはダメだから厳しく罰して欲しい。でもただ排除するだけでなく、その行為をする人の背景の問題に目を背けずみんなで考えることも当たり前の社会にしないと、結局一生解決しないんだろうなと思う。」と投稿していました。

 

続いて、作家の岸田奈美さんのメッセージを紹介します。

岸田さんの弟はダウン症ですが、ある時、岸田さんが弟のことについて取り上げたTwitterに、「ガイジは生きる価値なし死ね」というコメントがされました。

これに対し、岸田さんは投稿者に対してDMを送り、次のような内容を伝えました。

岸田さんは、最初にこの投稿を見た時に、恐怖を覚えると共に、自らのある体験を思い出した。それは、中学生の頃、自分の母親に対して「死んでしまえ」と言ったことがあったこと。大人になってからようやく謝ることができたが、泣いて謝る岸田さんに対し、母親は、「気にしてへん。」「最初はびっくりしたけど、あとからよーく考えたら、“死ね”なんて強い言葉が出てくるなんて、心がそんだけ荒れてる証拠やなって。あんたはきっと、どうにかして、悲しみをわたしにわかってほしかったんやろうなって」「本当につらい時ほど、人はうまく言葉にできへんもんやね。奈美ちゃんがなにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、ずっと大切やと思ったよ。」と話しました。

 

岸田さんとその投稿をした方(の母親)とのやり取りの中で、その投稿をした方も障がい者で、かつて学校でひどいいじめを受けて、登校できなくなったこと、「ガイジは生きる価値なし、死ね」は、その方がクラスメイトから吐かれ続けた言葉であることが分かりました。

岸田さんは、その方に対し、言葉の裏にあった事情に思いを寄せられなかったことに対して謝罪をし、それでもあなたがやったことは間違いである、ということを伝えると共に、その方に対して励ましの言葉を贈ります。

「「死ね」って言われ続けて、悔しくて苦しくても、死を選ぶことなく、生きてきましたよね。心を守るために、SNSで障害のある人へ「死ね」と言ってしまったかもしれないけど、自分で死ぬことも、誰かを殺すこともなく、お母さんとともに、よく生きてくれました。」

「あなたみたいな人が、少しずつ人と人との分断を溶かし、社会を良い方向へと成熟させていくのだとわたしは信じています。死ねの連鎖を、あなたが断ち切れる。」

 

岸田さんは、「なにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、大切。差し出す相手にとっても、受け取る自分にとっても。」と述べています。

 

いわゆる「ジョーカー事件」の後に投稿されたこれらの記事を読み、これが問題解決のための大きなヒントになると考えました。

 

 

私は、2019年から母校の関西学院大学の法学部で非常勤講師を務めています。

最後にその講義のアイスブレイクとして話した内容を紹介します。

 

最高法規である憲法において最も重要な条文は憲法第13条であると言われています。

様々な解釈はあるかもしれませんが、私は、「個人の尊厳」を実現し、保障することに最高の価値をおく、という点が同条の趣旨だと理解しています。

したがって、日本の法律の究極の目的は、「全ての個人が、自分が自分として生きているということに、最高の価値を見出せる社会を実現する。」ということにあります。このことをかみ砕くと、それぞれが生きがいを持って生きられる社会にしようよ、ということだと考えています。「全ての個人」が対象である以上、誰一人取り残されてはいけない、お金があろうとなかろうと、肩書があろうとなかろうと、本当はそうじゃなきゃいけない。

じゃあ、生きがいって何なの?という話になるのですが、誰かの役に立つこと、誰かの役に立っていると実感すること、それが人間が生きがいを感じるための最も手っ取り早い方法であると聞いたことがあります。

 

この時は、「法律」について大きな視点からの話をしていたのですが、これに続けて、当時、刃物を持った男性がバス停に並んでいた子どもたちを含む多くの人たちを刺したという事件についての話をしました。その事件も含めて、その前後で、無職の独身男性が被疑者となった通り魔的な犯行が続いたことから、元2ちゃんねるの開設者である西村博之さんが、次のような話をしました。

 

仕事もなく、家族もなく、お金もなく、生きがいが見いだせなくなった人たちが罪を犯してしまうというケースが増えている。そういった問題をどう解決するのか、について、西村氏は、少し過激な題名ではありましたが、「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」という話を紹介していました。以下は引用です。

~~~~~~

ネットで「キモくて金のないおっさん問題」と言われる、「誰からも好かれていないし、期待されていないおっさんをどうにかしないと社会に悪影響があるよね」っていう問題があります。イギリスだと孤独担当大臣という大臣を作って対処を始めていたり、他の国では問題として認識されて、社会的に解決しようと予算が動いていたりします。

解決するには彼らが社会に未練を残すようにすればいいわけで、「家族や恋人ができたらいいよね」という解決策を言う人もいますが、現実には「キモくて金のないおっさん」と付き合いたい人はそんなに多くないのが実情です。

そこで注目したいのが、南米ベネズエラの食糧危機です。大規模な食糧危機が起きたので、国民の75%が平均約9キロも体重が落ちたそうで、多くの餓死者も出たといいます。

そこで、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は、貧困地域に食料としてウサギを配布しました。

ウサギは約2カ月飼育すれば、2・5キロぐらいに育つそうです。毎日の食事も満足にありつけない人たちの食事として各家庭に配って、2カ月ぐらいしたら食べるだろうと思ったら、ペットとして名前を付け、一緒に寝てかわいがっていて、全然食べなかったそうです。ということで、このウサギを配る計画っていうのは大失敗に終わり、今度はヤギで試すらしいです。

人は、弱い存在から頼られることで幸せを感じたりする生き物です。ということで、「キモくて金のないおっさん」にはウサギを配ってみると、「自分が社会からいなくなったら、ウサギの世話をする人がいなくなって、ウサギがかわいそう」ってことで、ウサギの世話をし続けるために社会に居続けてくれるんじゃないかと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。

~~~~~

「個人の尊厳」を実現するために、全ての人にとって優しい世界を実現するために必要なのは、「ただ排除するだけでなく、その行為をする人の背景の問題に目を背けずみんなで考えることも当たり前の社会にしないと、結局一生解決しないんだろうなと思う。」、「なにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、大切。差し出す相手にとっても、受け取る自分にとっても。」といった、冒頭で紹介した佐藤さんや岸田さんのような視点を、我々一人ひとりが持つことだと思います。私も、この大切なヒントを、広めていきたいと思います。

 

(文責:三村雅一)

2021年11月27日 02:56|カテゴリー:

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『くるみ割り人形』

この夏休み、娘が習いだしたばかりのバレエ教室が夏の発表会を主催するので、見に行きました。

その演目は、『くるみ割り人形』でした。

チャイコフスキーが作曲したクラシック・バレエを代表する作品の一つであり、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』と共に「3大バレエ」と呼ばれており、バレエ界全体の三大作品でもあります。
チャイコフスキーは、法律学校を卒業し、法務省に文官として就職。仕事のほとんどは訴訟事務の取り扱いであったそうです。そこからロシアを代表する大作曲家に転身したというのですから、人生何があるかわかりません。

くるみ割り人形の楽曲には、行進曲やロシアの踊り、花のワルツなど、誰しも耳にしたことがある名曲が多く含まれています。小学校の掃除の時間のBGMは、この花のワルツか、美しき青きドナウだったように思います。間違いなく、聞いているだけで心が楽しくなる楽曲がちりばめられた作品といえるでしょう。

私個人の記憶を手繰ると、10代のころに、こういった楽曲、私にしてみれば、陰のない楽曲には、ほとんど心が惹かれませんでした。特に、ワルツなんてものには、とんと興味をもった記憶がありません。他には、モーツァルトの明るい楽曲にも、関心がありませんでした。

それが大人になって、ある意味、純粋に美しいものを美しいと思えるようになったのか、30代に入ったくらいから、軽やかで美しい曲を求めるようになりました。例えば、モーツァルトのディヴェルティメントK136 やフィガロの結婚の序曲は、昔はさほどに聞きたいと思わなかったのですが、今は、ふとした瞬間に聞きたくなるのです。逆に、ベートーベンのピアノソナタ「月光」の第1楽章は、今も美しいと思うのですが、積極的に聞こうとはならなくなったような気がします。

大人になると日常生活や仕事が複雑で責任も重くなったので、せめて音楽くらいは、シンプルなもの、美しいものを求めるようになったからかもしれません。

そこでバレエ曲です。
娘がバレエを習いたいと言い出さなければ、『くるみ割り人形』をじっくり聞くこともなければ、バレエの世界に触れることもなかったのではないかと思います。しかし、バレエの演目として『くるみ割り人形』を見ると、すっかりバレエとバレエ曲の美しさのとりこになってしまいました。

YouTubeで国内外で有名なバレリーナの動画をチェックするなど、以前では考えられなかったのですが、今では、ふとした空き時間に、観てしまうのです。

新しい芸術との出会いの機会をくれた娘に感謝するとともに、いつかロシアに旅して、バレエを鑑賞できる日がくるのを首を長くして待っています。

(文責:森 理俊)

2021年10月04日 02:43|カテゴリー:

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くるみ割り人形バレエ

人生最高の一冊

「JETBOOK作戦」を知っていますか?

これは、「皆さんが人生で出会った最高の本を児童養護施設の子どもたちに送る」というプロジェクトです。

このプロジェクトを起ち上げたのは、児童養護施設出身の大学1年生で、彼女が自身の経験に基づいて、「施設の子どもたちがいろいろな情報に触れ、新しいことを発見していける機会を作りたい」、という思いから、クラウドファンディングを募りました。

その結果、多くの方々の賛同を得て、約3700万円もの額が集まりました。その額に驚くと共に、未だ大学1年生という若者の思いにこれだけの方々が思いを共にして下さったことに大きな喜びを感じました。

 

私もこのプロジェクトの趣旨に心を動かされた1人であり、私は中学生の時に読んだ、三浦綾子さんの「塩狩峠」をその一冊に選びました。

「あなたにとっての人生最高の一冊は?」

この質問に対して皆さんはどう答えるでしょうか。
私は、このプロジェクトと出会って以来、初めて会う人との自己紹介の際の話題でも、既に親交を深めた方々との話題でも、この質問をするようになりました。

私の好きな言葉に、「あなたの知らないところにいろいろな人生がある。あなたの人生がかけがえのないように、あなたの知らない人生もまたかけがえがない。人を愛するということは、知らない人生を知るということだ。(灰谷健次郎)」という言葉があります。

素敵な本を知るということはもちろんですが、このことはまた、本だけではなく、その人の人生に対する興味を持つことにも繋がり、これをきっかけにさらに仲が深まるということを実感しています。

 

今回私が選んだ本は塩狩峠でしたが、私は小説に出てくる主人公に影響を受けやすいタイプです。

中学生の頃には、「塩狩峠」の永野信夫に心を打たれ、高校生の頃には、将来は「泥流地帯」の拓一のような人になりたい、と思っていました。当時から20年以上経ち、間もなく40歳を迎えようとしている今、自分の人生に大きな影響を与えた本を読み返してみたいという思いが湧いてきました。

コロナでなかなか会えませんが、コロナが明けた暁には、皆さんにも、「人生最高の一冊」を聞かせて頂きたいと思っています。ぜひご準備頂けると幸いです。

(文責:三村雅一)

2021年09月22日 14:51|カテゴリー:

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オリンピック開幕式の騒動を考える

連日暑いですね。
オリンピックの熱戦と日本勢の活躍が連日伝えられており、ミーハーな私は、それなりに楽しんでいます。
とはいえ、開催にあたっては、コロナ禍との関係で開催の是非や観客を入れるかどうかで賛否両論があり、いまも議論は絶えません。また、思い返せば、コロナ禍以前では灼熱の東京で本当に開催するのか等の議論がありました。

そして、開会式を巡っては、作曲担当だった小山田圭吾氏が過去に同級生をいじめていたことが問題視され、7月19日に辞任し、演出を統括するショーディレクターだった小林賢太郎氏も過去にホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄するようなコントを演じていたとして、7月22日に解任されています。

オリンピックの開会式には、他にも、企画そのものや演説の長さなど、他にも話題というか、批判が少なからずあるのですが、今回は、これらの騒動うち、小山田圭吾氏の件と小林賢太郎氏の件に絞って触れたいと思います。

まず、始めにお断りしますが、全て筆者個人の責任で私見を記述したものであり、筆者の属する組織は何らの関係もないことをお断りします。また、この両氏を援護する意図は全くなく、辞任や解任について異を唱えるものでもありません。選任した側が問われていることも十分理解したうえで、法的観点や人権の視点から考察を試みたに過ぎないことをご了解ください。

さて、小山田圭吾氏の件は、過去の雑誌の内容が事実であれば、「いじめ」というには度が過ぎるという社会的評価を下されるべき事実であることは間違いありません。私も、過去に雑誌に掲載された内容を読んで、気分が悪くなりました。ただ、一方で、「いじめというより犯罪」といった言説でもって非難することがまかり通ることは、かなり気になります。

というのも、刑事訴訟の原則では、判決で有罪が確定するまでは無罪が推定され、また、自白のみが唯一の不利益証拠である場合は有罪とされないというものがあり、過去の事実の自白でもって、安易に犯罪者であると断定するような言説に違和感があります。また、そもそも本当に「犯罪」と言い切ってよいのかという点も、十分な検証がなされていないように思います。特に、14歳未満の行為であれば、刑法上責任能力がなく、有責性を欠いて、犯罪としては成立しません。「犯罪行為」とまで言い切れるだけの根拠が十分にあるのかは、正直なところ、よくわかりません。

また、小林賢太郎氏の件は、さらに悩ましい点があったように思います。

もともと、おそらく日本国内で、かなり限定された観客(おそらく全て日本人)向けに、ホロコーストによる被害を受けた人やその親族などがその場にいない前提でのコント内での発言であったと思われます。しかも、『放送できるか!』というツッコミを前提とした発言(いわゆる「ボケ」)でありました。

当初、私個人の考えとして、ご本人は当時自分の「ボケ」で被害意識を受ける人はいないという判断で採用したものと考えられ、そのコント内の発言が20年以上の時を経て取り上げられて、辞任という処分になるのは、やや酷ではないか、と考えていました。

しかしながら、世界には、日本のように、政治的言論を言論の自由のなかでも最大限配慮されるべき自由であるとして、言論内容そのものへ制約はかなり謙抑的に運用されている国しかないわけではありません。例えば、ドイツのように、ナチスの暴力的支配・恣意的支配の是認・賛美・正当化といった言説をしたりする自由自体が認められていない国があります。

いくら過去のコントの中の「ボケ」であっても、ひどく傷つく人が現在の存在し、その言説そのものが、世界の一部で忌避され、違法の評価がなされているのであれば、オリンピックという舞台にふさわしくなかった人選だったという判断は間違っていないでしょう。

芸の道にある人は、自らの表現へ庇護を与えてくれる憲法の人権規範は、国内のみのものであり、世界では通用しない場面もあるということを(そのことがよいかわるいかは別として)意識せざるを得ない時代になったことは間違いありません。

なかなか人権についていろいろなことを考えさせられる騒動でした。

(文責 森 理俊)

2021年07月30日 23:28|カテゴリー:

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オタマジャクシの飼育(カエルになるまで)

昨年の10月、こちらのブログで、カエルの飼育について書かせていただきました。

先日、このカエルを冬眠準備のために野生に戻した近所の山の沼地に子供と生き物探索に行った際に、子供が沼にいれた網になんとオタマジャクシが入っていました。

現在、我が家では、アカハライモリ、クワガタ、カタツムリ、沢蟹、エビなどを飼育しているのですが、実は、私自身、これまでオタマジャクシを飼育したことはなく、成長過程を観察することに興味があったので、当然の成り行きとして、オタマジャクシも飼育することになりました。

ある日突然、後ろ足が生えました。後ろ足から生えるんですね。感動です。

その後、前足が生えました。カエルっぽさが出てきました。

そして、ある日突然、しっぽがなくなり、石の上にカエルくんが鎮座していました。生命の神秘を感じるとともに、両生類ってこういうことなのかと感動しました。

と、ここで思い出しました。オタマジャクシ自体は、メダカの餌をあげていればよかったのですが、カエルくんになると、例の問題が浮上してきます。そうです、動く生餌しか食べてくれないのです。また、「パクっと一口で食べることができるサイズの、小さい蜘蛛」を捕まえねばと思ったのですが、子供も成長していて、自分で蜘蛛を捕まえて餌をあげることができるようになっていました。

オタマジャクシと子供の成長に目を細めながら、アカハライモリとカエルくんを近所の山の沼に戻す日を心待ちにしています。

(文責 河野 雄介)

2021年07月12日 09:09|カテゴリー:

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その日にあった3つのいいこと

今年も、もう6月。そろそろ1年の半分が終わろうとしています。

私は、昨年の12月のブログで、「今年は、新型コロナウイルス感染症によって、我々の生活が一変した一年でした。今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。」ということを書いていました。

また、「思い出」というのは、「人と会う」ことによって作られる部分があること、一日も早くコロナが収まり、みんなと会える日がくるのを楽しみにしていることも記されていました。

あの時は、未だにこのような状況が続くとは思ってもみませんでした。

ただ、今年も昨年と同じように、12月に、「今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。」というブログを書くわけにはいきません。

最近、私は、以前に出会った方を真似て、その日にあった3つのいいことを記録していくという作業を続けています。

「5月26日 JETBOOK作戦会議。BとDの間にはCがある。BirthとDeathの間には、Choiceの連続。」

「5月30日 古閑美保がジュニアゴルファーに送った、諦めたら終わりという言葉。その一打だけではなく、その次の一打、その後のプレイ、その後の人生に影響を与える。これはテニスも人生も一緒。」

「6月2日 高校の時の担任の先生からメールが届いた。」

「6月3日 家の近くのインド料理屋のテイクアウトがおいしかった。」

「6月5日 枯れかけていたプランターから新しい芽が出ていた。」などなど。

 

始めてまだ2週間ですが、この2週間の記録を振り返ると、コロナで人に会えなくても、自分が日々小さな感動を得て、充実した毎日を過ごせていることを実感しています。

きっと、コロナで全く人と会えなかった昨年も、アンテナさえ張っていれば同じく様々な感動を得られていたのだと思います。

ぜひ、皆さんの「昨日あったいいこと」も教えて頂きたいと思います。DM(m.mimura@swlaw.jp)、待ってます。

 

 

(文責:三村雅一)

2021年06月09日 04:19|カテゴリー:

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遠軽の家庭学校に思いを馳せて

みたび緊急事態宣言になってしまった大阪にて執筆しております。
GWは、ステイホームをするしかなく、美味しいものを食べるくらいしか、楽しみがない!という方も少なくないのでは、と思います。そして、そのために、ふるさと納税を検討されている方も、少なくないのではないかと推察しております。

私が、ふるさと納税で市町村名から検索できる機能で、「北海道遠軽町」(遠軽は”えんがる”と読みます。)を検索したところ、お礼の品に「平和山セット(発酵バター・チーズ)」というものがあり、思わず、こちらを選択して、遠軽町に寄付をしました。家庭学校のウェブサイトから直接購入もできるようです。

私は、弁護士になる前の研修期間(司法修習といいます。)に、札幌に1年間おりまして、その間の研修の一環で、遠軽町の家庭学校に宿泊して(確か2泊3日じゃなかったかと思います。)、その家庭学校いた子供たちと寝食を共にしたことがあります。

遠軽町をご存知の方は、そう多くはないでしょう。

北海道のオホーツク海側にありつつも、オホーツク海に面しておらず、少し内陸に入ったあたりにあります。サロマ湖から少し北海道の中央に入ったあたりといえば、少しわかりやすいでしょうか。

私たちが「遠軽の家庭学校」と呼んでいる施設は、正式には、北海道家庭学校という名称で、社会福祉法人が運営する開放処遇の児童自立支援施設(児童福祉法に基づく児童福祉施設の一類型)です。

439haという実に広大な敷地(東京ドーム93個分!)に、いくつかの寮や学校本館、運動場、礼拝堂、牧草地、牛舎やバター・チーズ工房等があります。その寮には、寮母さん寮父さんの夫妻と10人から20人くらいの男子児童が一緒に生活をしています。(記憶を手繰ると、当時)小中学生がいる寮が4つと、高校生がいる寮が1つありました。

入所児童は、児童虐待などにより社会的養護が必要となった児童であり、家庭環境に恵まれず、特定の大人(一般には両親)との間で愛着関係が十分に形成されなかった児童が含まれています。家庭裁判所の審判により児童自立支援施設送致となって、入所した少年もいます。

このブログを書くときに、北海道家庭学校のウェブサイトを覗くと、第5代家庭学校校長谷昌恒が学校を紹介した文章として、以下の言葉が紹介されていました。

“`『北海道家庭学校は森の学校と呼ばれています。校地の面積は四百三十町歩、新緑のときも、紅葉の季節も、雪の降り積もるころも、四季折々に美しい森です。
 その森の中に校舎があり、寮舎、住舎、グランド、畜舎が点在しています。一つの村落のような落ち着きを見せています。幼くして深く心傷ついた少年たちは、この自然環境から限りない慰めを見出すのです。
 森の中に大きな礼拝堂があります。
 人は未来を案じています。目には見えない将来です。人はまた他者の心をはかりかねて、苦しんでいます。母親が自分を愛しているか、父親が信じてくれているか、先生が認めているか。
 人は目に見える世界に生きて、絶えず目に見えない世界を気にしているのです。
少年たちは森の礼拝堂で、目には見えない相手の心を信じ、将来を信じ、忍耐と希望を持って生きることを学びます。少年達の心と身体は、一日一日、この学校の生活を通して強く育っています。』
 私達は、先人から受け継いだ家庭学校の伝統を、社会の変化に対応しつつ大切に守る責任があり、あわせて、今現在の家庭学校の姿を、皆様に正しくお伝えしていくという大切な役割があると思っています。その上で、家庭学校を応援して下さる仲間を1人でも増やしていきたいのです。それこそが、家庭学校の生徒のためになると固く信じています。“`
https://kateigakko.org/new/welcome.html

私が訪問したとき、そこで、人懐っこい少年たちと一緒に、牧草を機械で四角い塊にしてトラックに載せる作業を一緒にしたり(牛のために冬を迎える準備です。)、彼らが薪木で一生懸命焚いてくれた風呂に入ったり、彼らが捕まえたカブトムシを空中に投げたり、彼らが朝早くに牛舎にいる乳牛からとってきてくれた牛乳をいただいたり、一緒に将棋やソフトボールをしたり、自然に育ったわさびを食べさせてもらったり、子供たちの前で何か話をすることになり「旅」という題で話をしたところ思わぬリアクションが返ってきたり、という様々な経験をさせてもらいました。いまでもその屈託のない笑顔とともに過ごした数日は、とてもよい思い出として、記憶に刻まれています。

この家庭学校にいた数日で感じたことは、たくさんありました。

「大きな自然に抱かれるように生活することで感じられる生命の営み」
「少年の環境は社会と大人の責任が大きく、触法少年といえども罰よりも大人との愛着関係の形成が有益で有意義であること。それは、社会にとっても有益であること」
「いくら自分が頑張って難しい試験に受かったといっても、たまたま環境と運に恵まれたに過ぎないこと」
「いつか子供ができたら、そして許されるなら、子供と一緒にこのような場所で過ごしてみたいこと」
「家庭学校の寮を支える夫婦がおられ、その愛情と営みに心から頭が下がること」

休日に、この遠軽の家庭学校で作られたバターやチーズをいただきながら、少年たちとの古き良き思い出に浸っていました。

あの少年たちは、今頃、どこで何をしているのだろう。
このバターやチーズを作った少年は、いまどんな生活をしているのだろう。

このバターやチーズは、北海道の大地の味そのものです。
作った人の優しさを感じることのできる、本当に美味しい、他では味わえないものです。

初めて家庭学校の存在を知った方も、家庭学校を知っていたよ、行ったことあるよという方も、是非「平和山セット(発酵バター・チーズ)」を食して、家庭学校の存在やそこに暮らしている少年たち、そしてその少年たちとともに暮らしておられる夫婦や教育を支える大人がおられるということを、少しでも知って、思いを馳せていただけると、嬉しいです。

 

(文責:森 理俊)

2021年04月30日 18:45|カテゴリー:

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修習時代の思い出 家庭学校 遠軽町