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憩いの部屋

オリンピック開幕式の騒動を考える

連日暑いですね。
オリンピックの熱戦と日本勢の活躍が連日伝えられており、ミーハーな私は、それなりに楽しんでいます。
とはいえ、開催にあたっては、コロナ禍との関係で開催の是非や観客を入れるかどうかで賛否両論があり、いまも議論は絶えません。また、思い返せば、コロナ禍以前では灼熱の東京で本当に開催するのか等の議論がありました。

そして、開会式を巡っては、作曲担当だった小山田圭吾氏が過去に同級生をいじめていたことが問題視され、7月19日に辞任し、演出を統括するショーディレクターだった小林賢太郎氏も過去にホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄するようなコントを演じていたとして、7月22日に解任されています。

オリンピックの開会式には、他にも、企画そのものや演説の長さなど、他にも話題というか、批判が少なからずあるのですが、今回は、これらの騒動うち、小山田圭吾氏の件と小林賢太郎氏の件に絞って触れたいと思います。

まず、始めにお断りしますが、全て筆者個人の責任で私見を記述したものであり、筆者の属する組織は何らの関係もないことをお断りします。また、この両氏を援護する意図は全くなく、辞任や解任について異を唱えるものでもありません。選任した側が問われていることも十分理解したうえで、法的観点や人権の視点から考察を試みたに過ぎないことをご了解ください。

さて、小山田圭吾氏の件は、過去の雑誌の内容が事実であれば、「いじめ」というには度が過ぎるという社会的評価を下されるべき事実であることは間違いありません。私も、過去に雑誌に掲載された内容を読んで、気分が悪くなりました。ただ、一方で、「いじめというより犯罪」といった言説でもって非難することがまかり通ることは、かなり気になります。

というのも、刑事訴訟の原則では、判決で有罪が確定するまでは無罪が推定され、また、自白のみが唯一の不利益証拠である場合は有罪とされないというものがあり、過去の事実の自白でもって、安易に犯罪者であると断定するような言説に違和感があります。また、そもそも本当に「犯罪」と言い切ってよいのかという点も、十分な検証がなされていないように思います。特に、14歳未満の行為であれば、刑法上責任能力がなく、有責性を欠いて、犯罪としては成立しません。「犯罪行為」とまで言い切れるだけの根拠が十分にあるのかは、正直なところ、よくわかりません。

また、小林賢太郎氏の件は、さらに悩ましい点があったように思います。

もともと、おそらく日本国内で、かなり限定された観客(おそらく全て日本人)向けに、ホロコーストによる被害を受けた人やその親族などがその場にいない前提でのコント内での発言であったと思われます。しかも、『放送できるか!』というツッコミを前提とした発言(いわゆる「ボケ」)でありました。

当初、私個人の考えとして、ご本人は当時自分の「ボケ」で被害意識を受ける人はいないという判断で採用したものと考えられ、そのコント内の発言が20年以上の時を経て取り上げられて、辞任という処分になるのは、やや酷ではないか、と考えていました。

しかしながら、世界には、日本のように、政治的言論を言論の自由のなかでも最大限配慮されるべき自由であるとして、言論内容そのものへ制約はかなり謙抑的に運用されている国しかないわけではありません。例えば、ドイツのように、ナチスの暴力的支配・恣意的支配の是認・賛美・正当化といった言説をしたりする自由自体が認められていない国があります。

いくら過去のコントの中の「ボケ」であっても、ひどく傷つく人が現在の存在し、その言説そのものが、世界の一部で忌避され、違法の評価がなされているのであれば、オリンピックという舞台にふさわしくなかった人選だったという判断は間違っていないでしょう。

芸の道にある人は、自らの表現へ庇護を与えてくれる憲法の人権規範は、国内のみのものであり、世界では通用しない場面もあるということを(そのことがよいかわるいかは別として)意識せざるを得ない時代になったことは間違いありません。

なかなか人権についていろいろなことを考えさせられる騒動でした。

(文責 森 理俊)

2021年07月30日 23:28|カテゴリー:

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オタマジャクシの飼育(カエルになるまで)

昨年の10月、こちらのブログで、カエルの飼育について書かせていただきました。

先日、このカエルを冬眠準備のために野生に戻した近所の山の沼地に子供と生き物探索に行った際に、子供が沼にいれた網になんとオタマジャクシが入っていました。

現在、我が家では、アカハライモリ、クワガタ、カタツムリ、沢蟹、エビなどを飼育しているのですが、実は、私自身、これまでオタマジャクシを飼育したことはなく、成長過程を観察することに興味があったので、当然の成り行きとして、オタマジャクシも飼育することになりました。

ある日突然、後ろ足が生えました。後ろ足から生えるんですね。感動です。

その後、前足が生えました。カエルっぽさが出てきました。

そして、ある日突然、しっぽがなくなり、石の上にカエルくんが鎮座していました。生命の神秘を感じるとともに、両生類ってこういうことなのかと感動しました。

と、ここで思い出しました。オタマジャクシ自体は、メダカの餌をあげていればよかったのですが、カエルくんになると、例の問題が浮上してきます。そうです、動く生餌しか食べてくれないのです。また、「パクっと一口で食べることができるサイズの、小さい蜘蛛」を捕まえねばと思ったのですが、子供も成長していて、自分で蜘蛛を捕まえて餌をあげることができるようになっていました。

オタマジャクシと子供の成長に目を細めながら、アカハライモリとカエルくんを近所の山の沼に戻す日を心待ちにしています。

(文責 河野 雄介)

2021年07月12日 09:09|カテゴリー:

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その日にあった3つのいいこと

今年も、もう6月。そろそろ1年の半分が終わろうとしています。

私は、昨年の12月のブログで、「今年は、新型コロナウイルス感染症によって、我々の生活が一変した一年でした。今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。」ということを書いていました。

また、「思い出」というのは、「人と会う」ことによって作られる部分があること、一日も早くコロナが収まり、みんなと会える日がくるのを楽しみにしていることも記されていました。

あの時は、未だにこのような状況が続くとは思ってもみませんでした。

ただ、今年も昨年と同じように、12月に、「今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。」というブログを書くわけにはいきません。

最近、私は、以前に出会った方を真似て、その日にあった3つのいいことを記録していくという作業を続けています。

「5月26日 JETBOOK作戦会議。BとDの間にはCがある。BirthとDeathの間には、Choiceの連続。」

「5月30日 古閑美保がジュニアゴルファーに送った、諦めたら終わりという言葉。その一打だけではなく、その次の一打、その後のプレイ、その後の人生に影響を与える。これはテニスも人生も一緒。」

「6月2日 高校の時の担任の先生からメールが届いた。」

「6月3日 家の近くのインド料理屋のテイクアウトがおいしかった。」

「6月5日 枯れかけていたプランターから新しい芽が出ていた。」などなど。

 

始めてまだ2週間ですが、この2週間の記録を振り返ると、コロナで人に会えなくても、自分が日々小さな感動を得て、充実した毎日を過ごせていることを実感しています。

きっと、コロナで全く人と会えなかった昨年も、アンテナさえ張っていれば同じく様々な感動を得られていたのだと思います。

ぜひ、皆さんの「昨日あったいいこと」も教えて頂きたいと思います。DM(m.mimura@swlaw.jp)、待ってます。

 

 

(文責:三村雅一)

2021年06月09日 04:19|カテゴリー:

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遠軽の家庭学校に思いを馳せて

みたび緊急事態宣言になってしまった大阪にて執筆しております。
GWは、ステイホームをするしかなく、美味しいものを食べるくらいしか、楽しみがない!という方も少なくないのでは、と思います。そして、そのために、ふるさと納税を検討されている方も、少なくないのではないかと推察しております。

私が、ふるさと納税で市町村名から検索できる機能で、「北海道遠軽町」(遠軽は”えんがる”と読みます。)を検索したところ、お礼の品に「平和山セット(発酵バター・チーズ)」というものがあり、思わず、こちらを選択して、遠軽町に寄付をしました。家庭学校のウェブサイトから直接購入もできるようです。

私は、弁護士になる前の研修期間(司法修習といいます。)に、札幌に1年間おりまして、その間の研修の一環で、遠軽町の家庭学校に宿泊して(確か2泊3日じゃなかったかと思います。)、その家庭学校いた子供たちと寝食を共にしたことがあります。

遠軽町をご存知の方は、そう多くはないでしょう。

北海道のオホーツク海側にありつつも、オホーツク海に面しておらず、少し内陸に入ったあたりにあります。サロマ湖から少し北海道の中央に入ったあたりといえば、少しわかりやすいでしょうか。

私たちが「遠軽の家庭学校」と呼んでいる施設は、正式には、北海道家庭学校という名称で、社会福祉法人が運営する開放処遇の児童自立支援施設(児童福祉法に基づく児童福祉施設の一類型)です。

439haという実に広大な敷地(東京ドーム93個分!)に、いくつかの寮や学校本館、運動場、礼拝堂、牧草地、牛舎やバター・チーズ工房等があります。その寮には、寮母さん寮父さんの夫妻と10人から20人くらいの男子児童が一緒に生活をしています。(記憶を手繰ると、当時)小中学生がいる寮が4つと、高校生がいる寮が1つありました。

入所児童は、児童虐待などにより社会的養護が必要となった児童であり、家庭環境に恵まれず、特定の大人(一般には両親)との間で愛着関係が十分に形成されなかった児童が含まれています。家庭裁判所の審判により児童自立支援施設送致となって、入所した少年もいます。

このブログを書くときに、北海道家庭学校のウェブサイトを覗くと、第5代家庭学校校長谷昌恒が学校を紹介した文章として、以下の言葉が紹介されていました。

“`『北海道家庭学校は森の学校と呼ばれています。校地の面積は四百三十町歩、新緑のときも、紅葉の季節も、雪の降り積もるころも、四季折々に美しい森です。
 その森の中に校舎があり、寮舎、住舎、グランド、畜舎が点在しています。一つの村落のような落ち着きを見せています。幼くして深く心傷ついた少年たちは、この自然環境から限りない慰めを見出すのです。
 森の中に大きな礼拝堂があります。
 人は未来を案じています。目には見えない将来です。人はまた他者の心をはかりかねて、苦しんでいます。母親が自分を愛しているか、父親が信じてくれているか、先生が認めているか。
 人は目に見える世界に生きて、絶えず目に見えない世界を気にしているのです。
少年たちは森の礼拝堂で、目には見えない相手の心を信じ、将来を信じ、忍耐と希望を持って生きることを学びます。少年達の心と身体は、一日一日、この学校の生活を通して強く育っています。』
 私達は、先人から受け継いだ家庭学校の伝統を、社会の変化に対応しつつ大切に守る責任があり、あわせて、今現在の家庭学校の姿を、皆様に正しくお伝えしていくという大切な役割があると思っています。その上で、家庭学校を応援して下さる仲間を1人でも増やしていきたいのです。それこそが、家庭学校の生徒のためになると固く信じています。“`
https://kateigakko.org/new/welcome.html

私が訪問したとき、そこで、人懐っこい少年たちと一緒に、牧草を機械で四角い塊にしてトラックに載せる作業を一緒にしたり(牛のために冬を迎える準備です。)、彼らが薪木で一生懸命焚いてくれた風呂に入ったり、彼らが捕まえたカブトムシを空中に投げたり、彼らが朝早くに牛舎にいる乳牛からとってきてくれた牛乳をいただいたり、一緒に将棋やソフトボールをしたり、自然に育ったわさびを食べさせてもらったり、子供たちの前で何か話をすることになり「旅」という題で話をしたところ思わぬリアクションが返ってきたり、という様々な経験をさせてもらいました。いまでもその屈託のない笑顔とともに過ごした数日は、とてもよい思い出として、記憶に刻まれています。

この家庭学校にいた数日で感じたことは、たくさんありました。

「大きな自然に抱かれるように生活することで感じられる生命の営み」
「少年の環境は社会と大人の責任が大きく、触法少年といえども罰よりも大人との愛着関係の形成が有益で有意義であること。それは、社会にとっても有益であること」
「いくら自分が頑張って難しい試験に受かったといっても、たまたま環境と運に恵まれたに過ぎないこと」
「いつか子供ができたら、そして許されるなら、子供と一緒にこのような場所で過ごしてみたいこと」
「家庭学校の寮を支える夫婦がおられ、その愛情と営みに心から頭が下がること」

休日に、この遠軽の家庭学校で作られたバターやチーズをいただきながら、少年たちとの古き良き思い出に浸っていました。

あの少年たちは、今頃、どこで何をしているのだろう。
このバターやチーズを作った少年は、いまどんな生活をしているのだろう。

このバターやチーズは、北海道の大地の味そのものです。
作った人の優しさを感じることのできる、本当に美味しい、他では味わえないものです。

初めて家庭学校の存在を知った方も、家庭学校を知っていたよ、行ったことあるよという方も、是非「平和山セット(発酵バター・チーズ)」を食して、家庭学校の存在やそこに暮らしている少年たち、そしてその少年たちとともに暮らしておられる夫婦や教育を支える大人がおられるということを、少しでも知って、思いを馳せていただけると、嬉しいです。

 

(文責:森 理俊)

2021年04月30日 18:45|カテゴリー:

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修習時代の思い出 家庭学校 遠軽町

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アカハライモリの飼育

昨年10月に、このブログでご紹介したカエルを近所の山の沼地に戻して以来、しばらく生き物の飼育からは遠ざかっていたのですが、今般、新しい生き物の飼育を始めました。

上記の近所の山の沼地にアカハライモリが生息していることは昨年の春先に確認済みだったため、「アカハライモリが冬眠から目覚めたら捕まえて飼ってみたい」という長男が冬の間中温めてきた思いに応えるため、先日の週末、沼地に向かいました。

沼地の水は濁っており、長男が何度か網を入れても、なかなかアカハライモリは入りません。昨年の、鯛、カナヘビ、カエルという飼育疲れを思い出し、半ばほっとしていたのですが、「パパもやってみて」というリクエストに応えて、倒木の下に網をいれたところ、なんと、4匹のアカハライモリが一度に捕れてしまいました。

アカハライモリは、名前の通り、お腹の部分が赤く(毒性があるようです)、4匹のアカハライモリが赤いお腹を見せながら必死で網から脱出しようとする姿はなかなかのインパクトでした。

1網4匹という父親の威厳を見せることができたことに気を良くしてしまい、長男のリクエストに応えて、そのうち1匹を期間限定で飼育することにしました。

いつものことですが、飼育するにあたり問題となるのは、餌です。今回は、生餌である必要はないようで、冷凍の赤虫を近所のホームセンターで購入して与えています。カナヘビを飼育していた時のように、毎朝蜘蛛を捕まえる必要はなくなったのですが、冷凍の餌ということは、赤虫を冷凍庫に保管しておく必要があります。他の食べ物と一緒に赤虫を冷凍庫に保管しておくことに若干の躊躇を覚えたのですが、いまでは平気になりました。

カナヘビのときもそうだったのですが、アカハライモリもよく観察すると、前足(指)は4本、後足(指)は5本になっていることがわかったりして、だんだん愛着がわいてきます。

しばらく観察させてもらって、また近所の沼地に戻そうと思っています。

文責 河野雄介

2021年04月14日 13:18|カテゴリー:

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新人弁護士(長沢弁護士・福本弁護士)のご紹介

事務所の新着ニュースでもご紹介させていただいておりますように、今年の1月からS&W国際法律事務所には、長沢一輝弁護士と福本洸太郎弁護士が加入してくれましたので、少し、二人の紹介をさせていただきます。

長沢弁護士は、礼儀正しさを保ちながらも、クスリと笑えるユーモアを織り込んでくるセンスが絶妙な人材です。弁護士として取り組みたい分野としては、「世の中が良くなるようなことで、新しいことをしたい」、とのことで、弊所が主として扱っているベンチャー法務はまさにこの範疇に入ってくると思います。他方で、司法修習時代に、裁判員裁判事件を見分した経験から、刑事弁護の発展にも何らかの形で貢献したいという思いも持っているとのことです。ベンチャー法務や刑事弁護に限らず、弁護士業務を着実にこなしていく中で、新しい分野を切り拓き、世の中を良くすることに貢献してくれるものと期待しています。

福本弁護士は、神戸出身にもかかわらず、九州の地に飛び込んで大学生活を送ったり、タイの法律事務所でインターンをしたり、シンガポール国立大学での研修をしたりと、進取の気性に富んでいます。弁護士になった今、どのような仕事がしたいのか話を聞いてみましたところ、事務所で主に取り扱っている、ベンチャー法務や国際法務に主な興味があるとのことです。他方で、学生時代には、家庭裁判所で、非行少年の立ち直りのための活動を支援するためのボランティア活動を行ったり、司法試験合格後には、長野の豪雨災害の復興ボランティアに参加したりした経験もあるとのことで行動力も兼ね備えています。弊所でも進取の気性を発揮してさらに関心分野を拡げ活躍してくれることを期待しています。

皆様、長沢弁護士、福本弁護士をよろしくお願い致します。

文責 河野雄介

 

2021年02月18日 20:25|カテゴリー:

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刑事弁護教官の教え

LINEには、誕生日を登録している友達について、「●●さんの誕生日です!」というお知らせが届く機能があるようです。先日、LINEから、10年以上前に事件を担当した際の少年(今はもう立派な成人ですが)の誕生日のお知らせが届きました。

私が彼の少年事件を付添人として担当し、彼は少年院に入りました。その後も手紙のやり取りを続け、「出てきたら会おう!」と約束をしましたが、彼と次に会った場所は警察の接見室でした。「出てきてへんやんか。何でもっと早く連絡せんかってん。」と話をしたのをよく覚えています。その後、再度少年院に入り、そこでも手紙のやり取りを続け、次こそは!ということで、無事に外で会うことができました。その後は、ごく稀に電話でやり取りをするぐらいで、疎遠になっていました。

今回、いい機会だと思い、誕生日メッセージを送ることにしました。するとすぐに返事が返ってきて、昔話に花が咲きました。

彼は、29歳になっていました。私が彼と初めて鑑別所で会ったとき、彼は17歳ぐらいだったので、出会いからもう12年が経過したことになります。さらに驚くことに、彼は私が彼と初めて会ったときの私の年齢(当時私は27~28歳)を超えたことになります。時の流れを感じました。このことを伝えたところ、彼からは、「ヤバい。おじさんになってるw」とのメッセージが送られてきました。彼も30を目前にしており、決して若いわけではない年齢に差し掛かっているものの、2人の間では、今でも17歳と27歳の感覚のようです。

お互いの近況を報告し合った後、彼からは、「まぁ、犯罪はしてない!守るべき人居てるから出来ひんわw。しようと思わん。」というメッセージがありました。

私からは、「これからも、守りたいと思える大切なものをいっぱい増やしていけたらいいね。」というメッセージを伝えました。

彼からは、会いたかったらいつでも会えるで、というメッセージをもらいました。

 

近頃、私は、少年事件からも刑事事件からも遠ざかっていますが、罪を犯すかどうか、その分岐点というのはこういうところ、すなわち、個人に備わった高度な倫理観の問題ではなく、家族や仕事、周りの環境といった外部的な要素にあることが多いのではないか、ということを改めて実感しました。

 

私が司法修習を終える際、刑事弁護教官がクラスに向けて送って下さった言葉があります。

「狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である。」

この言葉は、G.K.チェスタトンの「正統とは何か」の一節です。

最初に聞いた時には意味が分からなかったこの言葉の意味が、刑事弁護の経験を積む中で、徐々に分かるような気がしてきました。

人間とは本来本能で動く存在である。

刑事弁護を経験する中で、理性があれば踏みとどまれたであろうになぜこんなことをしたのか?という思いを持つ場面が多々訪れると思う、ただ、理性を失って犯罪に及んでしまった人間は狂った人間ではない、自分と同じ人間である。

 

この言葉の解釈には異論もあるだろうし、私もまだこの言葉の意味を完全に理解したわけではありません。ただ、私にとって、教官が贈って下さったこの言葉こそが、刑事弁護を行なう上での原点です。

「ヤバい。おじさんになってるw」と言われながらも、彼との今があるのも、この言葉のおかげだと思っています。

 

再会した時に、「あんま変わってないやん!」って言ってもらえるよう、アンチエイジング、頑張ります。

 

(文責:三村雅一)

2021年02月09日 15:52|カテゴリー:

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「後厄」を迎えて ~「睡眠」の大切さ~

数えで43歳の今年は、「後厄」になるそうです。
正直、「厄年」や「後厄」のもたらすものは、よくわかっていません。
ただ、前厄の年の最後の月に母を亡くした私にとって、前厄や厄年が心身ともに大変な一年であったことは間違いありません。

今年は、今のところ大過なく、仕事も順調にできているように思います。
世の中は、緊急事態宣言の真っただ中です。
「平穏」とは程遠く、非日常であるはずの毎日が、日常になりつつある怖さを、日常のような生活を過ごすことで、心の平穏を保とうとしているようにも見えます。

ところで、40代になって思うのは、睡眠の大切さです。
私は、oura ring(https://ouraring.com/) と いうものをつけて、日々のコンディションや睡眠の質が数値化されているのを、日々、確認して、睡眠の改善を心掛けています。
よい判断は、よい睡眠から生まれます。
また、感染症にかからないためにも、質量ともに十分な睡眠をとることは、バランスの良い食事とともに、非常に重要です。
これまで、法律事務所、とりわけ企業法務系の法律事務所では、弁護士が、夜遅くまで仕事をしていることは、どちらかといえば、誇らしげに語られていたように思います。
「今週のビラブルアワー(※)は、〇〇時間だったよ」
「〇時に帰ろうとしたら、先輩に「今日は早いね」と言われた。」
「〇〇先生から、深夜〇時にメールの返信がなされていた」
※ タイムチャージ等として、クライアントに請求可能な稼働時間のこと。要するに、クライアントのために仕事している時間。
しかし、そのようなカルチャーは、本当に正しいのでしょうか。
私は、とある大手法律事務所で過去に月に450時間近く働いたという弁護士の話を聞いたことがあります。30日間、休みなしに、午前9時から午前1時(!)まで、働かないと達成できない時間です。はっきりいって異常であり、どの程度、頭がはっきりと稼働していたのか、疑問です。

いろいろな文献を読んで、いま、私の「睡眠」に対する認識は、以下のとおりです。

・睡眠は心身の健康を保つ最強の薬
・確かに朝型と夜型がいる。正確には、超朝型や中間型や超夜型もいる。これは、ほぼ遺伝で決まり、後は年齢で変わっていく。
・眠さは、「睡眠圧」と呼ばれており、脳内の「アデノシン」と呼ばれる物質が増えることで眠りたいという欲求が高まる。
・午後のコーヒーは、夜の睡眠を奪う。カフェインの半減期は、人によって異なるが、平均して5~7時間になる。
・週末の寝だめでは、睡眠負債は返せない。
・快眠の3条件は、「暗さ」、「静けさ」、「快適な室温」。
・寝不足の日とも、長く眠る人も、死亡率が高い。睡眠負債は、認知症のリスクを高める。
・睡眠負債と肥満は、隣りあわせ。睡眠が足りていないと、肥満が進む。
・中年以降であっても、若い人と同じくらい睡眠は必要だ。
・睡眠不足の従業員は、自分のミスを他人のせいにしたり、他人の手柄を横取りしたりする傾向が強くなることが実験により発見された。
・睡眠薬やアルコールによる睡眠は、睡眠改善には役に立たない。
・人類は、睡眠について、まだまだ分かっていないことがある。
・運動との関係は、完全には解明できていないが、運動すればよく眠れるというよりも、よく寝れているとよく運動できる、という方向の方が強そうである。

また、いま私が認識している「睡眠」の改善方法は、以下のとおりです。

基本
①カフェインとアルコールの摂取を控えること。
②寝室にテレビやスマホ、タブレットを持ち込まない。
③寝室を涼しく保つこと。
オプション
④起床と就寝の時間を決め、毎日それを守ること。週末も。
⑤眠くなったら布団に入る。カウチなどでうたた寝しない。
⑥眠れなかったらいつまでも布団の中にいない。起きて何か静かでリラックスできる活動をしながら、眠気がくるのを待つ。
⑦夜眠れないなら、昼寝を控える。
⑧就寝前に心を落ち着ける習慣をつくり、心配事や不安を布団の中にまで持ち込まないようにする。
⑨時計を見えない位置に置く。

当事務所では、どうしても対応しないといけない案件がある場合に、睡眠を削らないといけないシーンが、でてくることまでは否定しませんが、基本的には、弁護士スタッフともに、日ごろから十分な睡眠時間を確保してほしいと考えています。

慢性的に睡眠不足で仕事をすることは、決して健全なことではありません。睡眠不足によってミスが生じやすくなることは、組織としても避けるべきです。

皆様に、良き睡眠がもたらされますように。
2021年02月01日 13:14|カテゴリー:

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今年を振り返って

今年も間もなく終わろうとしています。

新型コロナウイルス感染症によって、我々の生活が一変した一年でした。

例年12月は、日頃親しくさせて頂いている方々と、一年の思い出を振り返るのですが、今年はその場も自粛です。また、そもそも今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。

ステイホームが推奨され、緊急事態宣言が明けた後も、「人と会う」ということが制約されました。色々な考え方はあると思いますが、私にとって「人と会う」ということには、共に時間を過ごし、素敵な思い出を作るという点でとても重要な意味があるということを改めて感じました。

共に同じ時間を過ごしていても、共に過ごした時間の中で、印象に残った言葉や場面はそれぞれ異なり、それを後日共有することで、その思い出はさらに素敵なものとなっていきます。

出来るだけ多くこういった機会があればよいなと思います。

そして、自分も出会う人たちに素敵な思い出を残すことができれば、それに越したことはありません。

 

2017年4月、中学から大学までを共に過ごした同級生と、高校3年間の担任の先生と久々に食事をした日の私の日記には、次のようなことが記されていました。

~~~~~

中学からの同級生と、高校3年間の担任。時は確実に流れているということを実感する一方で、いつまでも変わらないものがあるということについても強く感じることができた夜でした。

世界史の授業の話になった時、僕は、八尋先生が、最初の授業の時に、「30cmの直線を書いて下さい。左端が地球の誕生、右端が現在だとした場合、人類の誕生はどの辺りだと思いますか?正解は、右端から0.3mmのところです。すごいことですよね!この僅か0.3mmの間にどれだけ多くの人たちが愛し合い、憎しみ合い、無限のドラマが繰り広げられてきたのか。」という話をしてくれたことがものすごく印象的で覚えている、という話をしたところ、大久保は、同じく八尋先生が、「教科書にはナポレオンやコロンブスのような有名人がたくさん出てくる。その人たちの名前を覚えることも大切だけれど、歴史を作ってきたのは必ずしも偉人たちではない。いつの時代も歴史を作ってきたのは名もない大衆であることを忘れないで下さい。」という話をしてくれたことを強く覚えていると。

中学、高校、大学と同じ空間で同じ時代を生きてきたからこそ、それぞれの印象に残っている言葉や出来事が、今からでも自分の大切な思い出に加わることになることがある。

話せば話すほど、思い出の数が増え、今ある思い出はさらに鮮やかなものになる。

もっとみんなに会って思い出話がしたくなりました。

みんな、会おう!

そして、これからも大切な人たちと経験を共有することで、10年後、20年後にも、昨夜のような思いを味わうことができますように。

最後に、キャシー、いつまでも元気でいて下さい。

(※キャシーというのは、担任の先生のニックネームです。)

~~~~~~

コロナによって、「人と会う」ことがいかに大切なことだったのか、ということを改めて実感することとなりました。この気持ちを忘れることなく、一日も早くコロナが収まり、みんなと会える日がくるのを楽しみにしています。

(文責:三村雅一)

2020年12月14日 17:53|カテゴリー:

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専門家の一言

12月に入って、年内の懸案事項であった、親知らずの抜歯をしてきました。
この歳になって、初めての親知らず抜歯だったのですが、横向きに生えていましたので、総合病院の口腔外科で抜歯をしてもらいました。
部分麻酔でしたので、意識はしっかりとあり、ドクターの声や、施術の音もよく聞こえました。
ぐいぐいと施術が進む中で、ドクターが小さな声で、「あれ、そろそろぽろっと出てくるはずなのにな」とつぶやきました。
この一言で、むむ、施術は難航しているのかと少し不安になりました。
その様子が伝わったのか、ドクターは、すぐに、「慎重に進めていますからね、心配ありませんよ」とフォローを入れてくれ、安心しました。
無事に抜歯も終わり、麻酔が切れたころに、このドクターの言葉を思い出し、弁護士の法律相談にもあてはまるところがあると考えました。
口腔外科のドクターにとっては、親知らずの抜歯は日常茶飯事です。他方で、弁護士にとって、法律上のトラブルは日常茶飯事です。
トラブル慣れした弁護士にとっては何気ない一言でも、不安をかかえて法律相談に来られる方にとっては、想像以上にその一言が大きな意味を持つことを麻酔の切れとともに痛感しました。自分も一言一言に注意深くあり、相談に来られた方々に寄り添える弁護士であろうと改めて思います
(文責:河野 雄介)
2020年12月14日 12:51|カテゴリー:

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