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憩いの部屋

アカハライモリの飼育

昨年10月に、このブログでご紹介したカエルを近所の山の沼地に戻して以来、しばらく生き物の飼育からは遠ざかっていたのですが、今般、新しい生き物の飼育を始めました。

上記の近所の山の沼地にアカハライモリが生息していることは昨年の春先に確認済みだったため、「アカハライモリが冬眠から目覚めたら捕まえて飼ってみたい」という長男が冬の間中温めてきた思いに応えるため、先日の週末、沼地に向かいました。

沼地の水は濁っており、長男が何度か網を入れても、なかなかアカハライモリは入りません。昨年の、鯛、カナヘビ、カエルという飼育疲れを思い出し、半ばほっとしていたのですが、「パパもやってみて」というリクエストに応えて、倒木の下に網をいれたところ、なんと、4匹のアカハライモリが一度に捕れてしまいました。

アカハライモリは、名前の通り、お腹の部分が赤く(毒性があるようです)、4匹のアカハライモリが赤いお腹を見せながら必死で網から脱出しようとする姿はなかなかのインパクトでした。

1網4匹という父親の威厳を見せることができたことに気を良くしてしまい、長男のリクエストに応えて、そのうち1匹を期間限定で飼育することにしました。

いつものことですが、飼育するにあたり問題となるのは、餌です。今回は、生餌である必要はないようで、冷凍の赤虫を近所のホームセンターで購入して与えています。カナヘビを飼育していた時のように、毎朝蜘蛛を捕まえる必要はなくなったのですが、冷凍の餌ということは、赤虫を冷凍庫に保管しておく必要があります。他の食べ物と一緒に赤虫を冷凍庫に保管しておくことに若干の躊躇を覚えたのですが、いまでは平気になりました。

カナヘビのときもそうだったのですが、アカハライモリもよく観察すると、前足(指)は4本、後足(指)は5本になっていることがわかったりして、だんだん愛着がわいてきます。

しばらく観察させてもらって、また近所の沼地に戻そうと思っています。

文責 河野雄介

2021年04月14日 13:18|カテゴリー:

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新人弁護士(長沢弁護士・福本弁護士)のご紹介

事務所の新着ニュースでもご紹介させていただいておりますように、今年の1月からS&W国際法律事務所には、長沢一輝弁護士と福本洸太郎弁護士が加入してくれましたので、少し、二人の紹介をさせていただきます。

長沢弁護士は、礼儀正しさを保ちながらも、クスリと笑えるユーモアを織り込んでくるセンスが絶妙な人材です。弁護士として取り組みたい分野としては、「世の中が良くなるようなことで、新しいことをしたい」、とのことで、弊所が主として扱っているベンチャー法務はまさにこの範疇に入ってくると思います。他方で、司法修習時代に、裁判員裁判事件を見分した経験から、刑事弁護の発展にも何らかの形で貢献したいという思いも持っているとのことです。ベンチャー法務や刑事弁護に限らず、弁護士業務を着実にこなしていく中で、新しい分野を切り拓き、世の中を良くすることに貢献してくれるものと期待しています。

福本弁護士は、神戸出身にもかかわらず、九州の地に飛び込んで大学生活を送ったり、タイの法律事務所でインターンをしたり、シンガポール国立大学での研修をしたりと、進取の気性に富んでいます。弁護士になった今、どのような仕事がしたいのか話を聞いてみましたところ、事務所で主に取り扱っている、ベンチャー法務や国際法務に主な興味があるとのことです。他方で、学生時代には、家庭裁判所で、非行少年の立ち直りのための活動を支援するためのボランティア活動を行ったり、司法試験合格後には、長野の豪雨災害の復興ボランティアに参加したりした経験もあるとのことで行動力も兼ね備えています。弊所でも進取の気性を発揮してさらに関心分野を拡げ活躍してくれることを期待しています。

皆様、長沢弁護士、福本弁護士をよろしくお願い致します。

文責 河野雄介

 

2021年02月18日 20:25|カテゴリー:

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刑事弁護教官の教え

LINEには、誕生日を登録している友達について、「●●さんの誕生日です!」というお知らせが届く機能があるようです。先日、LINEから、10年以上前に事件を担当した際の少年(今はもう立派な成人ですが)の誕生日のお知らせが届きました。

私が彼の少年事件を付添人として担当し、彼は少年院に入りました。その後も手紙のやり取りを続け、「出てきたら会おう!」と約束をしましたが、彼と次に会った場所は警察の接見室でした。「出てきてへんやんか。何でもっと早く連絡せんかってん。」と話をしたのをよく覚えています。その後、再度少年院に入り、そこでも手紙のやり取りを続け、次こそは!ということで、無事に外で会うことができました。その後は、ごく稀に電話でやり取りをするぐらいで、疎遠になっていました。

今回、いい機会だと思い、誕生日メッセージを送ることにしました。するとすぐに返事が返ってきて、昔話に花が咲きました。

彼は、29歳になっていました。私が彼と初めて鑑別所で会ったとき、彼は17歳ぐらいだったので、出会いからもう12年が経過したことになります。さらに驚くことに、彼は私が彼と初めて会ったときの私の年齢(当時私は27~28歳)を超えたことになります。時の流れを感じました。このことを伝えたところ、彼からは、「ヤバい。おじさんになってるw」とのメッセージが送られてきました。彼も30を目前にしており、決して若いわけではない年齢に差し掛かっているものの、2人の間では、今でも17歳と27歳の感覚のようです。

お互いの近況を報告し合った後、彼からは、「まぁ、犯罪はしてない!守るべき人居てるから出来ひんわw。しようと思わん。」というメッセージがありました。

私からは、「これからも、守りたいと思える大切なものをいっぱい増やしていけたらいいね。」というメッセージを伝えました。

彼からは、会いたかったらいつでも会えるで、というメッセージをもらいました。

 

近頃、私は、少年事件からも刑事事件からも遠ざかっていますが、罪を犯すかどうか、その分岐点というのはこういうところ、すなわち、個人に備わった高度な倫理観の問題ではなく、家族や仕事、周りの環境といった外部的な要素にあることが多いのではないか、ということを改めて実感しました。

 

私が司法修習を終える際、刑事弁護教官がクラスに向けて送って下さった言葉があります。

「狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である。」

この言葉は、G.K.チェスタトンの「正統とは何か」の一節です。

最初に聞いた時には意味が分からなかったこの言葉の意味が、刑事弁護の経験を積む中で、徐々に分かるような気がしてきました。

人間とは本来本能で動く存在である。

刑事弁護を経験する中で、理性があれば踏みとどまれたであろうになぜこんなことをしたのか?という思いを持つ場面が多々訪れると思う、ただ、理性を失って犯罪に及んでしまった人間は狂った人間ではない、自分と同じ人間である。

 

この言葉の解釈には異論もあるだろうし、私もまだこの言葉の意味を完全に理解したわけではありません。ただ、私にとって、教官が贈って下さったこの言葉こそが、刑事弁護を行なう上での原点です。

「ヤバい。おじさんになってるw」と言われながらも、彼との今があるのも、この言葉のおかげだと思っています。

 

再会した時に、「あんま変わってないやん!」って言ってもらえるよう、アンチエイジング、頑張ります。

 

(文責:三村雅一)

2021年02月09日 15:52|カテゴリー:

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「後厄」を迎えて ~「睡眠」の大切さ~

数えで43歳の今年は、「後厄」になるそうです。
正直、「厄年」や「後厄」のもたらすものは、よくわかっていません。
ただ、前厄の年の最後の月に母を亡くした私にとって、前厄や厄年が心身ともに大変な一年であったことは間違いありません。

今年は、今のところ大過なく、仕事も順調にできているように思います。
世の中は、緊急事態宣言の真っただ中です。
「平穏」とは程遠く、非日常であるはずの毎日が、日常になりつつある怖さを、日常のような生活を過ごすことで、心の平穏を保とうとしているようにも見えます。

ところで、40代になって思うのは、睡眠の大切さです。
私は、oura ring(https://ouraring.com/) と いうものをつけて、日々のコンディションや睡眠の質が数値化されているのを、日々、確認して、睡眠の改善を心掛けています。
よい判断は、よい睡眠から生まれます。
また、感染症にかからないためにも、質量ともに十分な睡眠をとることは、バランスの良い食事とともに、非常に重要です。
これまで、法律事務所、とりわけ企業法務系の法律事務所では、弁護士が、夜遅くまで仕事をしていることは、どちらかといえば、誇らしげに語られていたように思います。
「今週のビラブルアワー(※)は、〇〇時間だったよ」
「〇時に帰ろうとしたら、先輩に「今日は早いね」と言われた。」
「〇〇先生から、深夜〇時にメールの返信がなされていた」
※ タイムチャージ等として、クライアントに請求可能な稼働時間のこと。要するに、クライアントのために仕事している時間。
しかし、そのようなカルチャーは、本当に正しいのでしょうか。
私は、とある大手法律事務所で過去に月に450時間近く働いたという弁護士の話を聞いたことがあります。30日間、休みなしに、午前9時から午前1時(!)まで、働かないと達成できない時間です。はっきりいって異常であり、どの程度、頭がはっきりと稼働していたのか、疑問です。

いろいろな文献を読んで、いま、私の「睡眠」に対する認識は、以下のとおりです。

・睡眠は心身の健康を保つ最強の薬
・確かに朝型と夜型がいる。正確には、超朝型や中間型や超夜型もいる。これは、ほぼ遺伝で決まり、後は年齢で変わっていく。
・眠さは、「睡眠圧」と呼ばれており、脳内の「アデノシン」と呼ばれる物質が増えることで眠りたいという欲求が高まる。
・午後のコーヒーは、夜の睡眠を奪う。カフェインの半減期は、人によって異なるが、平均して5~7時間になる。
・週末の寝だめでは、睡眠負債は返せない。
・快眠の3条件は、「暗さ」、「静けさ」、「快適な室温」。
・寝不足の日とも、長く眠る人も、死亡率が高い。睡眠負債は、認知症のリスクを高める。
・睡眠負債と肥満は、隣りあわせ。睡眠が足りていないと、肥満が進む。
・中年以降であっても、若い人と同じくらい睡眠は必要だ。
・睡眠不足の従業員は、自分のミスを他人のせいにしたり、他人の手柄を横取りしたりする傾向が強くなることが実験により発見された。
・睡眠薬やアルコールによる睡眠は、睡眠改善には役に立たない。
・人類は、睡眠について、まだまだ分かっていないことがある。
・運動との関係は、完全には解明できていないが、運動すればよく眠れるというよりも、よく寝れているとよく運動できる、という方向の方が強そうである。

また、いま私が認識している「睡眠」の改善方法は、以下のとおりです。

基本
①カフェインとアルコールの摂取を控えること。
②寝室にテレビやスマホ、タブレットを持ち込まない。
③寝室を涼しく保つこと。
オプション
④起床と就寝の時間を決め、毎日それを守ること。週末も。
⑤眠くなったら布団に入る。カウチなどでうたた寝しない。
⑥眠れなかったらいつまでも布団の中にいない。起きて何か静かでリラックスできる活動をしながら、眠気がくるのを待つ。
⑦夜眠れないなら、昼寝を控える。
⑧就寝前に心を落ち着ける習慣をつくり、心配事や不安を布団の中にまで持ち込まないようにする。
⑨時計を見えない位置に置く。

当事務所では、どうしても対応しないといけない案件がある場合に、睡眠を削らないといけないシーンが、でてくることまでは否定しませんが、基本的には、弁護士スタッフともに、日ごろから十分な睡眠時間を確保してほしいと考えています。

慢性的に睡眠不足で仕事をすることは、決して健全なことではありません。睡眠不足によってミスが生じやすくなることは、組織としても避けるべきです。

皆様に、良き睡眠がもたらされますように。
2021年02月01日 13:14|カテゴリー:

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今年を振り返って

今年も間もなく終わろうとしています。

新型コロナウイルス感染症によって、我々の生活が一変した一年でした。

例年12月は、日頃親しくさせて頂いている方々と、一年の思い出を振り返るのですが、今年はその場も自粛です。また、そもそも今年を振り返った時、コロナ以外の思い出がないというのが現実です。

ステイホームが推奨され、緊急事態宣言が明けた後も、「人と会う」ということが制約されました。色々な考え方はあると思いますが、私にとって「人と会う」ということには、共に時間を過ごし、素敵な思い出を作るという点でとても重要な意味があるということを改めて感じました。

共に同じ時間を過ごしていても、共に過ごした時間の中で、印象に残った言葉や場面はそれぞれ異なり、それを後日共有することで、その思い出はさらに素敵なものとなっていきます。

出来るだけ多くこういった機会があればよいなと思います。

そして、自分も出会う人たちに素敵な思い出を残すことができれば、それに越したことはありません。

 

2017年4月、中学から大学までを共に過ごした同級生と、高校3年間の担任の先生と久々に食事をした日の私の日記には、次のようなことが記されていました。

~~~~~

中学からの同級生と、高校3年間の担任。時は確実に流れているということを実感する一方で、いつまでも変わらないものがあるということについても強く感じることができた夜でした。

世界史の授業の話になった時、僕は、八尋先生が、最初の授業の時に、「30cmの直線を書いて下さい。左端が地球の誕生、右端が現在だとした場合、人類の誕生はどの辺りだと思いますか?正解は、右端から0.3mmのところです。すごいことですよね!この僅か0.3mmの間にどれだけ多くの人たちが愛し合い、憎しみ合い、無限のドラマが繰り広げられてきたのか。」という話をしてくれたことがものすごく印象的で覚えている、という話をしたところ、大久保は、同じく八尋先生が、「教科書にはナポレオンやコロンブスのような有名人がたくさん出てくる。その人たちの名前を覚えることも大切だけれど、歴史を作ってきたのは必ずしも偉人たちではない。いつの時代も歴史を作ってきたのは名もない大衆であることを忘れないで下さい。」という話をしてくれたことを強く覚えていると。

中学、高校、大学と同じ空間で同じ時代を生きてきたからこそ、それぞれの印象に残っている言葉や出来事が、今からでも自分の大切な思い出に加わることになることがある。

話せば話すほど、思い出の数が増え、今ある思い出はさらに鮮やかなものになる。

もっとみんなに会って思い出話がしたくなりました。

みんな、会おう!

そして、これからも大切な人たちと経験を共有することで、10年後、20年後にも、昨夜のような思いを味わうことができますように。

最後に、キャシー、いつまでも元気でいて下さい。

(※キャシーというのは、担任の先生のニックネームです。)

~~~~~~

コロナによって、「人と会う」ことがいかに大切なことだったのか、ということを改めて実感することとなりました。この気持ちを忘れることなく、一日も早くコロナが収まり、みんなと会える日がくるのを楽しみにしています。

(文責:三村雅一)

2020年12月14日 17:53|カテゴリー:

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専門家の一言

12月に入って、年内の懸案事項であった、親知らずの抜歯をしてきました。
この歳になって、初めての親知らず抜歯だったのですが、横向きに生えていましたので、総合病院の口腔外科で抜歯をしてもらいました。
部分麻酔でしたので、意識はしっかりとあり、ドクターの声や、施術の音もよく聞こえました。
ぐいぐいと施術が進む中で、ドクターが小さな声で、「あれ、そろそろぽろっと出てくるはずなのにな」とつぶやきました。
この一言で、むむ、施術は難航しているのかと少し不安になりました。
その様子が伝わったのか、ドクターは、すぐに、「慎重に進めていますからね、心配ありませんよ」とフォローを入れてくれ、安心しました。
無事に抜歯も終わり、麻酔が切れたころに、このドクターの言葉を思い出し、弁護士の法律相談にもあてはまるところがあると考えました。
口腔外科のドクターにとっては、親知らずの抜歯は日常茶飯事です。他方で、弁護士にとって、法律上のトラブルは日常茶飯事です。
トラブル慣れした弁護士にとっては何気ない一言でも、不安をかかえて法律相談に来られる方にとっては、想像以上にその一言が大きな意味を持つことを麻酔の切れとともに痛感しました。自分も一言一言に注意深くあり、相談に来られた方々に寄り添える弁護士であろうと改めて思います
(文責:河野 雄介)
2020年12月14日 12:51|カテゴリー:

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カエルの飼育

前回このブログで書いたカナヘビくんは、逞しく育ったので、野生に戻しました。

しばらくは、毎朝カナヘビくんの餌の蜘蛛を探す日課から解放されていたのですが、家族で梨狩りに行った帰り道に、田んぼでたくさんカエルがいるのを長男が見つけました。これまでカエルを飼ったことがなかったため、長男は、持ち帰って飼いたいとの一点張りで譲りません。そこで、きちんと世話をするという約束のもと、しばらく小さなカエルを自宅で飼うことにしました。

自宅で飼うとなると、問題となるのが、餌です。これがやはり、動く生餌しか食べず、主食は、カナヘビくんと同じく、「パクっと一口で食べることができるサイズの、小さい蜘蛛」となり、長男とともに蜘蛛探しをする日々が再び始まりました。生まれたばかりのカナヘビくんと比べると、カエルくんはハンターであることが判明し、動く蜘蛛を見ると脚力を活かしてパクっと飛びつき、前脚を器用に使って食べます。カナヘビくんと同じく、飼っているとどんどん愛着がわいてきて、餌の蜘蛛が捕れない日はお腹を空かしていないか心配になるほどでした。

そのうち、カエルは冬眠することがわかったので、冬眠準備のために、先日、近所の山の沼地で野生に戻しました。これで、蜘蛛探しの日課からも解放されたのですが、小さな蜘蛛を見つけると、カナヘビくんやカエルくんのことを思い出し、若干の寂寥感を覚えます。

文責 河野雄介

2020年10月14日 10:10|カテゴリー:

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メンテナンス

新型コロナウイルス感染症によって中止となっていた、関西法曹テニスクラブの活動が、感染防止のための警戒をしながらという条件付きで再開しました。去る7月12日に約半年ぶりに法曹テニスの仲間とテニスを楽しむことができました。

が、コロナ太りによって、私の身体は80kgを超えてしまいました。

例年、7月に西日本法曹テニス大会が、8月か9月に全国法曹テニス大会があるため、5月頃からは真剣にテニスの練習を始めることで、どうにか体重の増加を抑えることができていました。この時期が私のメンテナンス時期だったわけです。

ただ、今年はコロナにより両大会は中止となり、年に一度のメンテナンスの機会を逃したことでメンテナンス不足の身体となってしまいました。

7月12日当日はダブルス大会。かつて法曹日本一に輝いた私と徳矢弁護士のペアは見事優勝したものの、決勝戦で私は足がもつれ、右膝→右手親指→右肩を順に地面につく形で豪快に転げました。右膝と右肩からは流血。ただ、本当に症状が重かったのは右手親指でした。コロナ太りの体重を支えた私の右手親指は曲がらなくなりました。

そのうち治るだろうという甘い考えのもと、痛みに耐えながら日常生活を送っていましたが、1ヶ月経っても痛みが引かないことから、「これは折れているに違いない。」と事務所の入っているビルにある病院を受診しました。

折れていませんでした。捻挫でした。

日にち薬ということで我慢するしかないものの、右手親指には未だ痛みが残っています。

 

先日、再び関西法曹テニスに参加し、この痛みについて訴えました。先輩からは、「それな、一生残るで。もう若くない。あらゆるところのメンテナンスが必要になるで。」と、恐ろしい言葉が伝えられました。

炎天下のテニスを終え帰宅すると、鏡には過度に日焼けしてしまった自分の顔が映っていました。私はすぐに美容皮膚科の先生に連絡をして、炭酸パックとイオン導入の予約をしました。

何かが起こってからでは遅い。その何かが起こらないように、日頃からメンテナンスを怠らないよう意識したいと思います。

 

 

(文責:三村雅一)

 

2020年09月24日 10:58|カテゴリー:

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カナヘビの飼育

庭の土の中から発見された白い卵を虫かごにいれていたところ、先日、卵の殻が割れて小さなカナヘビくんがうまれました。
カナヘビというと、蛇を連想させますが、よくみかける茶色のトカゲの一種です。爬虫類はあまり得意ではないのですが、うまれたてのカナヘビくんはそれは小さく、愛くるしい様子で、目が合うと意思疎通ができたような気さえします。
さて、去年書いた、このブログでも問題となった論点ですが、カナヘビくんも、生餌しか食べません。しかも、生まれたてのカナヘビは体も小さいので、バッタをいれても大きすぎて食べることはできず、主食は、パクっと一口で食べることができるサイズの、小さい蜘蛛です。
ここ最近、毎朝の日課は、小さい蜘蛛を捕まえてカナヘビくんにあげることになっていました
それが、今朝、念のために入れていた、一口では食べることができないサイズの大きめの蜘蛛にガブリとかみつき、徐々にですが、食べ切ることができました。
いつ野生に戻っても大丈夫なほど、たくましく育っているカナヘビくんの雄姿に、目を細めた夏の休日の朝でした。
文責 河野雄介
2020年08月11日 15:58|カテゴリー:

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“Heal the world” に想う日本語論

私が中学生の頃に、ハマっていた音楽は、Michael Jacksonだった。”Dangerous” というアルバムに出会い、こんなレベルの高い曲ばかりのアルバムがあることに感動して、毎日のように聞いていた。

その名盤”Dangerous”に、”Heal the world” という名曲がある。

曲の構成やメロディは、その当時の日本の歌謡曲とは異次元のものであった。しかし、それだけではなかった。歌詞が崇高すぎるのである。当時、「音楽は曲が全てで歌詞なんて、なんでもいいや」くらいに、 中学生でありがちな、こまっしゃくれた感じで洋楽を聞いていた私にとっても、日本語では、金輪際生み出されない歌詞だろうと衝撃を受けた。

なにせ、
Heal the world
Make it a better place
for you and for me and the entire human race
である。

こんな崇高で、視点の高い理念を真っ直ぐに歌った日本語の歌詞は、あるだろうか。

詩的センスのない私が、日本語に直訳すると、
世界を癒そう
世界をよりよい場所にしよう
あなたのために、そして私と全ての人種のために
となる(*1)。

こんなことを日本語で発信しているアーティストがもし思い当たれば、教えてほしい。

日本語の歌を思い返すと、自分のことか自分の身の回りのことを歌っていることが多い。演歌もポップスも、自分の心情を歌った叙情的な詞や、自分が見た情景や自分の周りの出来事に何かの思いを投影した叙事的な詞ばかりである。これは、万葉集、古今和歌集の時代から変わらぬ日本語、日本の文明の特性ではないか。

ただ真っ直ぐに良き理念を述べる詞が見当たらない。おそらく、日本語のコミュニケーションでは、ストレートに理念や目標を述べることは苦手なのであろう。これは、日本語、そして日本の文明の弱点でもあろう。 (*2)

理念を直裁に述べていないということで真っ先に頭に浮かぶのが、日本国憲法第1条である。

学校では、この条文は、国民主権を述べたものだと教わる。しかし、この条文の出だしは、「天皇」であり、 主語は、天皇と天皇の地位である。

日本国憲法第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

日本国憲法第1条は「日本国民は、日本国の主権を有する。」ではない。第1条は「第一章 天皇」の条文であることからわかるように、まず、天皇の地位について述べた条文なのである。最も言語的に洗練されているべき日本国憲法において、最も重要な理念である国民主権でさえ、ストレートに表現されていない。

日本の政治家の表現力があまりに乏しいことは、コロナ禍に直面した日本社会で、痛感しない市民はいないではないか。まず無内容であるし、何を言っているのか、何を目指しているのか、わからない。ましてや、技巧がないし、心に届かない。市民が政府の方針の適否を議論したくても、そもそも政府が何を考えているか、全然説明がない。今、2020年7月30日現在では、「私たちは、感染拡大防止のために実効再生産数を1より小さい値に留めつつ、旅行業をはじめとする社会経済を回復することを目指したい。そのための手法として、市民におかれては、以下の点を厳守しつつ、社会経済生活を営み、旅行も楽しんでほしい。1~~」などといってくれれば、何を考えているのかは、まだわかる(この方針に私が賛成しているわけではなく、政府の考え方を推測してみたに過ぎない。違うかもしれない。)。政府が政策の内容を適切に言語化することで、市民は、その政策の適否について、議論することができるのである。

なかなか日本語は、議論するのにやっかいな言語であろうけども、せめて国を代表する方々におかれては、明快に、わかりやすく目指すところや理由を述べていただきたいものである。

*1 この訳が正しいかは、自信がない。Healの前に、Let’s が隠れていると考える他に、一人称Iが隠れているとも、命令形だとも考えられなくもない。敢えてそこを明確にしないことでの味もあるような気がする。

*2 Heal the worldは、Michaelが凄い言語的センスと感性をもっているから生まれた可能性も高い。そうなると、もはや、日本語と英語の違いという問題ではなく、この投稿もあまり意味が無くなってしまうかもしれない。

2020年07月31日 10:58|カテゴリー:

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