ベンチャー法務の部屋

ベンチャー企業のファイナンス方法の選択


資金調達(ファイナンス)方法の選択は、会社の一生を左右する。

会社の投資資金や運転資金を、誰から、どのように調達するかは、経営者が決めるべき、重要な経営判断事項である。ファイナンスによって、会社は、生きもするし、死にもするといっても過言ではない。

会社が誰からも資金を調達することなく、利益を上げ、その利益で、次の投資をしたり、運転資金の拡大に対応できるのであれば、理想である。

しかし、そのような会社は、皆無といって、差し支えないであろう。少なくとも、設立時には、発起人から資金を得るし、その後も、誰からも資金を受け入れない会社は多くはない。逆に、ファイナンスをしないことが会社にとってチャンスを失う場合もあり、成長スピードが要求される業界ではファイナンスしないことが致命傷となるケースさえある。したがって、会社が誰かから資金を調達することは、普通の事業会社であれば、経験することである。

ファイナンスは、大きく分けると2種類ある。借入と増資である。この2つは、根本的に異なるので、その特質に応じて、上手く利用する必要がある。


1.借入

法的にいえば、金銭消費貸借契約ということになる。上場企業ともなれば、社債の発行という形をとることもあるが、調達サイドにとっての性格は大きくは変わらない。

主なプレーヤー(資金供給者)は、銀行である。

MBAのファイナンス講座的には、(1)期待収益率が低いとか、(2)タックスシールドがあるとか、ということになるだろうが、実務的に一番大きな特徴は、「返さなければならない」ということだ。さらに、附随した大きな特徴は、「社長の連帯保証を求められることがほとんど」ということである。よく、「利息だけ支払って、借り換えをしていけばよい」という話があるが、相手(銀行)が借り換えに応じてくれず、支払期日までに支払うことができなければ、その時点で、破産+社長の個人破産である。いわゆる貸し渋りが起きてしまえば、研究開発がどれだけ上手くいっていても、会社は終わりということである。

内閣府が作成した「日本の大学発ベンチャーが悲惨な失敗をしないためのポイント ハイテク・ベンチャー不毛の地での賢い立振舞について ~モジュール化時代の日本凋落の真因 その2~」 (PDFファイル)という優れた資料では、この点について、明快に指摘している。

・先が「読める」世界で有効。フォロワー型経済では的確に機能する。財務分析、他社比較ができる。
・リスクは禁忌。失敗を金利ではカバーできず、日本の場合は、担保や個人保証(生命保険を含む)でカバーし、実績重視のため口座開設さえ数年を要する。
・ベンチャーの失敗時には再起不能となる。財産没収、一家離散という経済的死のみならず、物理的死も。
・不確実な事象、例えば、開発の遅れ、交渉の遅れ、入金の遅れ、補助金の見込み違い、突然の解約、社内紛争、役員離脱、知財訴訟などが確率pで発生する創業ベンチャーは確定返済期限のある銀行融資に頼ってはいけない(確率pで、会社と人生が破綻する)。国際水準のハイテク・ベンチャーで、銀行融資で立ち上げたものは、日本を除き皆無。


政府作成の文書とは思えないような、やや過激な表現も散見されるが、決して大袈裟ではない。

「返さなければならない」という性質をもつ借入資金は、開発等の消えてなくなることには使えない。先の読むことが比較的容易なビジネスであれば、借入は優れたファイナンス手法ではある。例えば、これまで100店舗展開してきて、さらに1店舗出すという飲食チェーン店や量販店を想定してもらえば、よい。しかし、多くのベンチャー企業では、先を読むことができないケースが多い。その場合に、借入に手を出すことは、最終的に会社の首を絞めることがある。

時に、CB(新株予約権付社債)であれば、よいということをいう経営者もいるが、CBといえども、基本的には借入であるので、上記と同じリスクを抱えていることを認識しなければならない。(実務上、ベンチャー企業のCB発行の場面では、個人保証は免除されるケースはある。)CBの場合は、上手くいけば、最終的に返さなくてよくなるかもしれないという利点があるので、借入よりはベンチャー企業向きであるが、当面、すなわち株式に転換されるまでの期間において、会社が抱えるリスクとしては、借入と何も変わらない。


2.増資

増資とは直接的には会計上の資本金の増加であるが、実質的には株式の発行による資金調達を意味する。新株発行ともいう。

非上場のベンチャー企業における主なプレーヤー(資金供給者)は、ベンチャー・キャピタル(VC)とエンジェル(個人投資家)である。

会社法的には、「第三者割当」という方法を採ることがほとんどである。

増資による資金調達の最大のメリットは、「返さなくてよい」ということに尽きる。ベンチャー企業にとって、このメリットは計り知れないくらい大きい。したがって、原則として、ベンチャー企業は、増資(新株発行)により資金調達するのが基本である。

先程の内閣府の「日本の大学発ベンチャーが悲惨な失敗をしないためのポイント ハイテク・ベンチャー不毛の地での賢い立振舞について ~モジュール化時代の日本凋落の真因 その2~」 (PDFファイル)では、

・読めない世界に適応する。技術トレンドを熟知している、先端技術・新市場・チームの潜在価値を読めるなど「技術の目利き」が必須。自らの経験とネットワークを駆使した「ハンズオン」によるリスク低減・価値創造の能力も重要。
・リスクは積極的に取る(変化を先読みして、現在価値と自分が投資しサポートした場合の将来価値の差をキャピタルゲインとして獲得する)。ポートフォリオ投資を活用し、打率3割で一流(=数本の大きなキャピタルゲインによって7割の失敗を許容する)。
・起業家側のリスクは少なく、失敗しても再起可能。家族扶養権は、連邦破産法第522条や州法が保証してくれる。起業家が失うものは少ない。(日本には、国際水準のキャピタリストは少数である。証券・金融系列の日本のVC会社では、個人保証をとり、買取条項を入れるところも多く、本来のequity financeから大きく逸脱していることに留意が必要。)


とある。

日本では、家族扶養権について、破産法が保証してくれるなんてことはないが、基本は同じである。「個人保証」「買取条項」については、誤解していただきたくないのは、日本であっても、単にお金が返せないというだけでは、まずこれらの条項は発動しないということである。通常、買取条項の発動は、投資契約違反、表明保証違反等の場合に限定されている。VCファンドの満期到来が買取条項に入っているケースがあり、この点については議論があるが、投資家(VC)サイドとしては満期前に現金化しなければならないため、やむを得ない部分もある。社長個人も買取義務を負わさせられるのは、会社に買取義務を負わせたところで、会社法上の自己株式取得規制の壁(財源規制等)に阻まれ実効性がないためである。契約違反や表明保証違反等であれば、社長が買取義務を負うのは不当ではないという価値判断が背景にある。

ベンチャー企業は、増資(新株発行)により資金調達するのが基本といっても、調達を試みる会社は、なぜ「返さなくてよい」お金を出してくれるのかについては、理解しておかなければならない。株式の引き受け手は、なぜこのような高いリスクをとるのか。それは、リターンが大きいからに他ならない。期待収益率が高い資金と言い換えることも可能であろう。貸付によって得られる利益は最大限利息制限法の最高限度額(年15%)である。帰ってこないお金を提供するのに、このようなリターンしか得られないのでは割に合わない。株式を引き受けることにより、将来、その株を売って大きく利益を得られると考えるので、ベンチャー・キャピタルやエンジェルは、資金を提供するのである。したがって、増資(新株発行)によって資金調達をしたベンチャー企業は、最終的に上場かM&Aによって、株主が株式を売却できるようにしなければならない。上場すれば、株価が数倍になることも珍しくはない。

逆にいえば、最終的に上場かM&Aによって、株主が利益を得られるようなプランを事前に描けなければ、ベンチャー企業は、ベンチャー・キャピタルやエンジェルから資金を得ることができない。

以上がベンチャー企業のファイナンス方法の選択の基本である。

ファイナンス方法は詳細な論点はいろいろとあるが、ここに書いた基本は変わらないので、常に念頭におかれて検討していただくのが良いと思う。

執筆者
S&W国際法律事務所

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