ベンチャー法務の部屋

営業は利益を、開発は売上を

私は、弁護士という職業上、あまりビジネス・コンサルタントっぽい発言は控えてしまう傾向にあります。

ただ、数多くの経営者やコンサルタントの話を耳にさせていただく中で、ある瞬間にいろんなことが結びつき、異なる表現ではあるけれども、同じことを意味しているのではないかと思わさせられることがあります。今回は、その話をさせていただきます。

先日、企業の利益向上のための施策についての議論を耳にしました。話をわかりやすくするために、小売業で考えてください。その議論とは、次の問題に関わるものです。問題とは、「既に市場で売り出されている製品Xについて、さらに利益を上げるためには、どうするか」というものです。もちろん、市場や経済は、様々な要素や人間の気持ちによって左右されますので、画一的な回答があるわけではありません。ただ、一般論として、利益を上げるには、(i)価格を上げる、(ii)販売数量を増やす、(iii)仕入値を下げる、(iv)固定費を下げるの4つしかありませんので、どれを採用するのが一番効率的であるかという問題です。例えば、売上を増やすというのは、(i)と(ii)の優先順位をつけないで、価格×数量を増やそうといっていることとなり、現実的には(i)を放棄してでも(ii)を採ること(=値下げ販売)を意味するケースが多いように思います。

ある方の意見は、多くの場合において、利益を上げるためには、(i)が最も有効という結論でした。もちろん、(i)価格を上げすぎて、販売数量がゼロになってしまえば、売上はゼロですので、限界があることは明らかです。ただ、一般に、値下げして数量を増やすより、値上げした方が数量が減り、仮に売上が減っても、利益が増えることが少なくないという見解であり、このことは、ある程度、理論的に、又は実証的に根拠づけることができるようです。

この議論を耳にした時に、数年前に、この話と良く似た結論を導いた論文を、Think!というビジネス雑誌
で見かけたことを思い出しました。確か、Think! No.23(2007 AUTUMN)という号
だったと思います(うろ覚えですので、違っていたらごめんなさい)。ローランド・ベルガー社のパートナーの平井孝志さんが執筆されている記事です。

さらに、去年の11月にも、ある食品系の会社の元経営者から表題の話を聞いたことも思い出しました。その話とは、次のようなものです。

販売部門、営業部門に、売上目標を立てるのは愚策である。販売部門や営業部門は、利益を出すための部署であり、利益が出せないのであれば、どんなに売上があっても、営業としては駄目である。営業部門の一人一人に利益目標を与えると、安易な値下げが最も良くないことが営業の現場の人間でもわかるようになる。

一方、生産部門、開発部門が、費用削減を目標にするのも愚策である。そのような目標を立てると、イノベーションが起きなくなる。そして、それどころか、食品の場合、混ぜ物をして、原価を下げようとする。なぜなら、材料費をより下げようとする方向に努力が向かうからである。多くの偽装事件が食品業界に生じているのは、食品メーカーの生産部門、開発部門が費用削減を目標にしているからではないか。原価を下げようとすると、混ぜ物、水増し、産地偽装、消費期限切れ商品の再利用が生じる。開発部門は費用を削減して利益確保を目指すのではなく、売れる商品をつくることに専念すべきである。営業部門が「こんな商品売れないよ」と言ったら、開発部門は、素直にそれを認めるべき。「物が売れないのは営業のせい」ではない。これからの時代は、商品が人に与える価値で勝負が決まる。開発が目指すべきは、原価削減による利益確保ではなく、魅力的な商品による売上向上である。

昔のような「作れば売れる」時代は終わった。物の時代から人の時代になったのだから、人を中心に考えなければ駄目だ。その違いは、あたかも、メーカーが作った物(地球)の周りを消費者(太陽)が回っていた天動説の時代から、コペルニクス的転回が起き、消費者(太陽)の周りで物(地球)が回り、生活を育む地動説の時代に移ったようなものである。

前世紀の日本企業は、営業部門に売上目標を、開発部門に利益目標を立てている会社が多かったのではないだろうか。今世紀はそのような目標設定では駄目だ。営業は利益を、開発は売上を目指すべきなのである。


この話は、多くの業界に通じる話ではないでしょうか。私は、この話を聞いた際にいただいたプリントが大変わかりやすかったので、忘れないように置いていました。今回のエントリーは、そのプリントをもとに、聞いたことを思い出しながら、書かせていただきました。

ところで、法律家は、食品偽装事件等が起きるとコンプライアンスという言葉を使って、議論をすることが少なくありません。しかし、おそらく、多くの企業の不正事件は、最初からコンプライアンス意識が低くて起きるのではなく、確信犯的に遵法精神が希薄な人が起こすというわけでもないように思います。誰しもが適法に働いて稼げるならそうしたいと思っているはずです。不正事件は、適法に稼ぐことをあきらめて違法に走って起きるというよりは、企業のリーダーが立てた目標に従っていくうちに、目標達成のために徐々にグレーな方法に手を出し、引いては事件を起こしてしまうということが少なくないように思えてなりません。リーダーが生産部門や開発部門にコスト削減を命じて利益を出すように指示しているうちに、現場で企業理念にも法規範にも反する(けれども短期的にはリーダーの指示する目標達成に近づく)行動が採られるようになることが背景にあり得ることも忘れてはならないと思います。

最後の話は蛇足だったかもしれませんが、お許しください。今日は、企業経営者が考えるべき方向性についての議論を通じてふと思いだしたいくつかの話を記させていただきました。

執筆者
S&W国際法律事務所

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