ベンチャー法務の部屋

ベンチャー企業とコンプライアンス

2010.10.15

今回は、「ベンチャー企業がどの程度法律を順守しようとしなければならないか」という、少々危険な話題に取り組んでみたいと思います。「ベンチャー企業がどの程度法律を順守しなければならないか」ではありません。「順守しようとしなければならないか」です。

私も弁護士である以上、どんな企業であっても法律を順守しなければならないと申し上げなければならない立場にあることは十分承知しています。

とはいえ、一方では、どんな会社でも、とりわけ非公開の会社が全ての法律を完璧に順守し、リーガル・リスクを回避するための最大限の努力をするということは、相当難しいのではないかとも思っています。

例えば、非公開の取締役会設置会社で、設立以降、3ヶ月に1回以上取締役会を開催して代表取締役が自己の職務の執行の状況を報告し、取締役会の議事録を会社法施行規則第101条に基づいて作成し、全ての変更の登記を変更が生じたとき(例外あり)から2週間以内に登記申請し、毎年定時株主総会終結後遅滞なく決算公告をしている会社は、どの程度あるでしょうか。おそらく数パーセント以下、ひょっとすると1%を切るのではないでしょうか。

会社の役員の方から、個別に上記の手続について「~しなければならないでしょうか」とか、「~順守するための体制を構築しておかなければならないでしょうか」という質問がなされれば、回答は、常に「Yes」となります。

ここで、私が問題にしたいのは、法律問題の間に優先順位はないのか、さらにいえば、有限のリソース(時間・人・金等)の中でどの程度コンプライアンス(法令遵守)にリソースを割くべきかという問題です。

たとえば、自社のビジネスモデルが薬事法に照らし合わせると違法である可能性が高そうだとか、金融商品取引法上登録が必要そうだといった場合、今度の株式発行については有価証券届出書が必要そうだ、会社の販売する食品に身体に悪影響を及ぼす物質が混入されていた等といった場合、これらの場合には会社がどれだけ小さくても、始めたばかりの会社であっても、直ぐに全力で対応しなければならないでしょうし、また、予め防止策を講じておく必要もあると思います。

しかし、役員と従業員を併せて数名程度の規模の会社で、有害物質混入の問題が発覚して直ちに対処しなければならないといった状況にあるケースで、「被害者の把握や公の機関への報告等より、明日に期限の迫っている登記申請を優先せよ」という人はいないと思います。一般的に、立ち上げたばかりの会社の社長の頭の中は、常に「どうやって稼ぐか」「企業価値を最大化するか」「資金繰りは大丈夫か」といった問題が占めているのが普通で、何よりもまず「議事録が法的に不備が無いようにしよう」と考える社長はいないでしょう。勿論、これらは極端な例であることは重々承知しています。とはいえ、これらの思考実験は、法律問題の間に優先順位があり、限られたリソースの中で、営業や開発や総務といった部門と、法務部門を並べた場合に、いつでもどんな場合でも「法務」が優先することはないことを示していると思います。

結局のところ、会社の規模、成長段階、社会的影響力、利益の大きさ等に応じて、求められる「法律を順守しようとする姿勢」の程度は異なるのではないでしょうか。

これはある意味、当たり前の結論かもしれません。特に、経営者や起業家の皆様にとっては、「そりゃそうだよ。もちろん法律は大事だと思ってるし、出来る限り順守しようと思っている。でも、まずはどれだけ儲けられるかであって、最初から法律のことを考えていると発想が窮屈になるよ。」という考えをお持ちの方が多いとだろうというのが私の実感です。

では、設立したばかりの会社や規模の小さい会社は、法律を後回しにしてよいかというと、そうではありません。優先順位を意識してメリハリをつけること、そして何が危ないかと察知する感度が重要だと思います。特に、ビジネスモデルの適法性、重要な契約書の作成、重要な資産・知的財産権にかかわること、金融取引、第三者の権利(特に、生命・身体)を侵害する可能性のあること、刑事罰の対象となることについては、規模の大小にかかわらず、意識して頂いた方がよいと思います。そして、何でも自分(役員個人)で解決しようとしないで、直ぐに気軽に相談できるメンターを持っておくことは、感度を高くしておくことに、非常に有益であると考えます。そのことは、会社にとっての将来のリスクを大きく低減させることに繋がるでしょう。

P.S.  IPOを目指している会社様につきましては、法務上留意すべき事項はさらに増えます。その内容については、こちら(講演「IPOを目指す会社の法務上の留意点 ~反社会的勢力排除を中心に~」)で触れようと思っておりますので、ご興味のある方は、お越しください。

執筆者
S&W国際法律事務所

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