研修会「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~
先日(2019年8月26日)、大阪弁護士会にて、「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~というテーマで、研修会を行いました。
基調講演として、渡邊真由先生(元・一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻特任助教)に「日本におけるODRの導入」~世界での導入状況と日本における導入可能性について~というテーマで、お話しいただきました。
その後、座談会という形で、「日本においてODRはどのように展開するのか」というテーマで、パネリストには、山田文先生(京都大学大学院法学研究科 教授)、羽深宏樹先生(経済産業省訟務情報政策局 弁護士)と、基調講演をしていただいた渡邊真由先生に加わって頂き、私(森 理俊)がコーディネーターとして、進めさせて頂きました。
1 ODRとは
ODRとは、ベンチャー法務の部屋「裁判手続等のIT化とODR」でも紹介したとおり、Online Dispute Resolutionの略です。具体的には、民事裁判手続のIT化と、ADR(裁判外紛争処理)のIT化を意味します。
とはいえ、単に、紛争解決手続に、ライブ動画などのITツールを使うという話に留まるものではありません。
特に、eBayなどの事業者が、プラットフォーム上で生じる紛争をオンラインで簡易に処理するシステムを、ユーザーに提供するといった動きがODRという概念をスタートさせた側面を背景として、既存の紛争解決プロセスよりも、遙かに迅速・簡便で、少額なものに対応可能な(即ち、紛争解決コストが低い)ものが生み出されつつあります。
すなわち、ODRが促進されることは、これまで司法手続による正義の実現の恩恵を受けられなかった人が、より司法的解決を受けられる可能性が出てくることになります。要するに、金額が小さくて、弁護士に頼むのを諦めていたケースでも、解決できる可能性が高まりそうであるということです。
キーワードは、「Access to Justice」です。
ODRの展開は、民事司法における「Justice」とは何かが改めて問われるとともに、現在の日本の民事司法がかかえる問題をあぶり出すことにもありそうです。
2 日本のおけるODRの導入可能性と現実
(1) 日本のこれまで
日本では、2003年~2006年という比較的速い段階で、ECOMネットショッピング紛争相談室(経済産業省委託事業)が実施されていました。
これはユーザーの満足度も高く、比較的評価の高いプロジェクトだったそうです。しかし、コストが見合わないということで、2006年に停止したようです。
その後、2007年ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)の施行や、2011年から越境消費者センターの運営もあり、少しずつ民間ADRが活発になり、同時にITツールの活用も進みました。
また、本年(2019年)、6月21日には、内閣の「成長戦略フォローアップ」にて、「紛争の多様化に対応した我が国のビジネス環境整備として、オンラインでの紛争解決(ODR)など、IT・AI を活用した裁判外紛争解決手続などの民事紛争解決の利用拡充・機能強化に関する検討を行い、基本方針について 2019 年度中に結論を得る。」という文言が盛り込まれ、ODRが強く意識されることになりました。
さらに、今月(2019年8月)、APECにて、ODR Collaborative Frameworkが採択される予定とのことです。
これは、BtoBを中心に、ODRで紛争解決する旨を規定し、ODRプロバイダーのもとで、交渉、調停、仲裁をシームレスに実現させようとするフレームワークのようです。
(2) 日本の特殊性
日本は、民事訴訟の件数が少なく(地裁民事通常訴状新受件数:15万件弱)、弁護士が増員しても、民事紛争の件数が増えていないという現実があります。特に、少額の事件について、簡易裁判所での調停や民事通常訴訟は、減少又は横ばいという状況です。
一方で、国民生活センターへの相談件数は、100万件に近いものがあるなど、少額な民事トラブル(数万円から10数万円の貸金返還や賃金不払、交通事故などが想定される。)は、「何もしない(あきらめる)」という選択がされ、紛争解決サービスを受けられていない割合が高いと推定されます。
そこで、裁判所を通じた解決と並行して、民間でもオンラインのみで紛争解決できるサービスに需要があると期待されています。
一方で、ODRには、以下のような課題も指摘されています。
- (a)類型化されにくい紛争への対応が難しい。
- (b)インターフェースを容易にするデザイン思考が必要である。
- (c)オンライン調停人の育成が必要である。なお、オンライン調停人には、裁判予測というよりも交渉促進に長けた調停人が望ましいようである。日本は調停人のトレーニングが不足しているにもかかわらず、調停人に裁判予測を期待しすぎる文化があると指摘されている。
- (d)相手方に応諾義務又は応諾しやすい環境を構築する必要がある。EUでは一部の紛争類型で事業者に応諾義務があるとのこと。
- (e)執行手段が確保されていないことが多い。なお、eBayでは、合意した金額は顧客のPaypalから直ぐに支払われる。
- (f)既に存在するプラットフォーム提供事業者が運営するのでない限り、ODRプラットフォーム運営はパブリックな支援がないと運営がコスト的に見合わない。
それでも、欧州では、EU主導のプラットフォームが整備されるなど、一部の紛争類型には、かなり積極的に活用され始めており、リーガルテックの一分野としても注目され、日本でも、これから発展する分野であると期待されています。
日本の特殊性はいくつかありますが、いずれもODRの導入を妨げる要因とばかりはいえず、逆にdisruptive(破壊的)なイノベーションによって、大きく発展する可能性を秘めているといえそうです。
(3) 参考文献
過去にご紹介した、一橋大学法学研究科 渡邊真由先生のプレゼン資料(2018/07/27, 日本ADR協会)は、こちらです。
また、山田文教授の「ADRのIT化(ODR)の意義と課題」と題する論文が、法律時報2019年6月に記載されています。
3 研修会を終えて
私は、業務改革委員会副委員長(ベンチャー法務プロジェクトチームの座長)として、同PTのメンバーとともに、この研修会を発案・企画しました。現在のODRに関する先端の議論ができたと思っております。
出席者の中には、日弁連会長を務められた方や大阪弁護士会の現在の副会長数名もお越しになり、弁護士の業務や民事司法の行く末に関心のある方が、多数集まりました。
裁判のIT化とともに、ODRは、民事司法の大きな変革をもたらす可能性があり、これまで弁護士が救えなかった法律問題にも積極的に専門的な支援が受けられる可能性がでてきました。
また、登壇者の皆様が非常に穏和でありながら、明晰なトークが繰り広げられ、3時間があっという間に過ぎました。
ODRの議論は、まだまだ始まったところです。
私個人としても、できることに積極的に関与したいと思っております。
(文責:森 理俊)