スタートアップが投資契約書を締結する際に気を付けるべきポイント

スタートアップが、ベンチャーキャピタルから投資を受けるときには必ず投資契約書を締結することになります。
ベンチャーキャピタルは、何度も投資契約を締結しており、投資契約についてよく理解していますが、スタートアップは初めての経験であることが多いでしょう。

今回は、スタートアップにとって慣れない投資契約書について、気を付けるべきポイントを挙げました。

1 投資契約書とは

投資契約書とは、ベンチャーキャピタル等の投資家からスタートアップ(発行会社)の株式を引き受けて、投資をする際に締結される契約書です。その投資に関する事項を中心とする契約です。

昨今のベンチャーキャピタルからスタートアップへの投資に関する契約実務では、複数の投資家が種類株式を用いて投資する場合を中心に、投資契約書・株主間契約書・買収にかかる株主分配等に関する合意書の3点セットが用いられるのが標準的になりつつあります。

今回は、この3点セットのうち、投資契約書において、触れます。

なお、会社法第205条第1項に定める総数引受契約書は、上記の3点セットとは別に、会社法上の募集株式の発行手続として作成され、登記申請の添付資料としても使われます。

2 投資契約書は、投資家のためのもの

当事務所では、頻繁に発行会社(投資を受けるスタートアップ)側で、投資契約書に関するアドバイスをしていますが、ベンチャーキャピタル(VC)側で雛形を作成することもあります。

まず、基本的に、投資契約書は、投資家のためのものであることを押さえてください。

発行会社が、投資家に制約や条件を課すケースもないわけではありませんが、基本的には、何の制約もなく、株主になってもらうのが一番よい状態です。

一方、投資家であるVCは、持ち株割合が少なくても、多数派の好き勝手に経営されることは望んでいないため、持ち株割合が少ないことを受け入れる代わりに、発行会社には、 応じてもらうべきいくつかの条件を課すことがほとんどです。

今回は、投資家から提示された条件を受け入れてよいかについて、当事務所がよく受ける質問や相場感、VC側の事情を踏まえて、投資契約書の見方やいわゆる相場と呼ばれるものに触れたいと思います。投資契約書については、先輩のスタートアップ経営者や監査法人、知己のキャピタリストの意見を参考にされる方も多く、それ自体は、悪いことではありませんが、会社法や民法の解釈とも深く関わる部分があるため、スタートアップの法務に詳しい法律の専門家の意見は、重要であることが多いです。

ところで、「投資契約書」という名称は、やや曖昧で多義的でもあるため、「株式引受契約書」等の名称であるものも少なくありません。契約書の名称で法的効力が変わるわけではありませんので、中身が重要です。

以下、本エントリーでは「投資契約書」とします。

投資契約書の条項に入るものとしては、具体的には、以下の規定が代表的です。詳細は4にて解説します。

  • 株式の発行及び取得
  • 払込手続
  • 表明及び保証
  • 払込期日までの誓約事項
  • 払込の前提条件
  • エグジット努力義務
  • 資金使途
  • 株式買取請求権
  • 損害賠償
  • 有効期間
  • 秘密保持
  • 反社会的勢力の排除
  • 他の契約の制限
  • 一般条項:費用、通知、権利不放棄、譲渡禁止、完全合意、不可抗力、分離可能性、存続規程、言語、準拠法、合意管轄、誠実協議など

そのほかの規定が入っていることもあります。

株主間契約に規定されることが多いとされる規定が投資契約書に規定されているケースも少なくありませんし、投資目的に応じて、別途の規定が入ることも十分あります。事業会社からの投資を受け入れる場合は、その事業会社との取引やライセンスと関連した規定などもあります。

本エントリーでは、上記の代表的な規定に触れたいと思います。

3 納得できない規定は受け入れるべきではないが、相場は理解したほうがよい

どのような契約書であっても、理解できない契約、納得できない契約にサインをするべきではないことは当然のことです。

一方で、さほど重要ではない契約等では、正直なところ、多くの人が、すべての契約条項に目を通しているわけではありません。ネットサービスの利用規約は典型的な例であり、利用しているネットサービスの取引に関して、すべての利用規約に目を通して理解をし、納得したという人は、ほとんどいないでしょう。

ただ、投資契約書は、そういった重要ではない取引ではありません。発行会社にとって自らの血肉の一部を差し出して資金を受け入れる行為といっても差し支えないものです。したがって、投資契約書は、発行会社の経営陣が必ず目を通して理解し、納得してから、サインすべきものです。

実務上、投資しようとするVCが、投資契約書の雛形を提示します。発行会社は、その雛型のそれぞれの規定につき、受け入れるか、変更依頼をするかの選択を迫られることになります。

VCは、予めスタートアップへの投資に精通した法律事務所に依頼して、投資契約書の雛形を準備しています。そのため、いずれの規定もVCにとって意味があるもので、種々の事態を想定して精緻に作られています。

一見して納得できない規定も、VCの目線からすれば、譲ることのできない、やむを得ない規定であることも多いです。

そのため、相場、すなわち、契約条項としては、一般的に受けることはやむを得ないとされている線を理解しつつ、対応を決めることが望ましいでしょう。

そして、発行会社の経営陣は、VCと違い、投資契約書に慣れていないことがほとんどですので、スタートアップの支援に長けた弁護士などの法律の専門家から助言を受けながら対応を決めることをお勧めします。

4 投資契約書の個別の規定の説明

では、投資契約書の代表的な規定を見ていきましょう。

(1)株式の発行及び取得

発行する株式の種類、株数、株価(払込金額、1株当たり株価)、割当先毎の引受株式数、払込期間等が定められます。

投資家、発行会社とも、最も関心の高い事項です。特に、種類株式の場合は、種類株式の内容も規定されます。種類株式の内容は、十分に吟味されるべき事項であり、別途のエントリーを参照してください。

また、株数や株価も、きわめて重要です。ただ、資本政策そのものでもあり、大きなテーマですので、こちらも別途のエントリーで取り上げる予定です。

(2)払込手続

実務的な手続きが規定されていることがほとんどであり、議論になることはあまりありません。

(3)表明及び保証

非常に重要な規定です。発行会社及び経営株主が投資契約書締結時点の事実について、真実であることを表明し、保証する規定です。
多くの場合、表明可能であると思われますが、慎重に1つ1つ確認してください。

例えば「経営株主は、発行会社の代表取締役であり、他のいかなる会社、団体、組織の役員等若しくは従業員を兼任又は兼職しているものではない。」という項目がありますが、大学の役員になっていたり、個人の資産保有会社の代表者であったり、他の会社の社外役員であったり、父親が経営している会社の役員であったりする場合は、遠慮なく投資家に申し出て、「~を除き、」といった形で排除してもらうとよいでしょう。

それが受け入れられるかどうかは、投資契約書の締結前に、別途、話し合って決着させておいた方がよい事柄です。

ほかに、「発行会社は、本契約締結日現在、第三者の特許権、実用新案権、商標権、意匠権、著作権その他の知的財産権、所有権、占有権その他の権利を侵害しておらず、過去に侵害した事実又は侵害を主張された事実は存在しない。」といった規定もよく見かけますが、発行会社にとって、世界のすべての特許権等の知的財産権を侵害していないことを保証することは難しいことがほとんどでしょうから、その場合は、「知る限りにおいて」等の文言を付すことをリクエストすることが考えられます。

(4)払込期日までの誓約事項

ほとんどの場合、投資契約書は、締結してから払込が実行されるまでの間、数日から数週間のタイムラグがあります。
そのため、締結してから払込が実行されるまでの間のリスクを排除することを目的として定められる規定です。表明保証違反の事実が生じていないこと等が対象です。

(5)払込の前提条件

投資者の払込に必要な前提条件が規定されます。
こちらも表明保証違反の事実が生じていないこと等が対象ですが、他に、株主間契約書等の契約書が締結されていることや、株式発行に関連する議事録の提出等も対象になることが多いです。

(6)エグジット努力義務

発行会社及び経営株主が、株式上場や上場と同等のM&Aを目指すことに最大限の努力をする義務が定められます。
株式を発行して、資金を調達する以上、その引受者に対して、投下資本を回収する道を用意するよう努力することは、ある意味当然のことです。

ただ、エグジット期限等が設けられていることがあり、VCからするとファンドの満期があるため、やむを得ない部分があるものの、発行会社としては現実的ではない目標設定であるとすると、予め議論しておいた方がよいでしょう。
あくまで、努力義務ではありますので、達成できなかったからといって、直ちにペナルティが発動するというものではありません。

(7)資金使途

資金使途に制約を加えられることは、少なくありません。ただ、規定によっては、契約締結当時に想定していなかった新規事業に資金が使えないことになってしまいますので、規定の内容には慎重になったほうがよいでしょう。

(8)株式買取請求権

契約違反に対するペナルティ条項です。VCにとって、後述の損害賠償請求条項がペナルティとして意味を持たないことがあり、実際にペナルティ条項として意味を持つことになる規定です。

契約違反や表明保証違反等が生じた場合に、発行会社や経営株主に対して、投資家が保有している株式を買い取るように求める権利があるとする規定です。

発行会社だけではなく、経営株主も買取義務を負う規定がほとんどです。これは、発行会社に契約上買取義務を負わせたとしても、会社法上の自己株式取得規制(財源規程・手続規制)との関係で、実現できないことがあるためです。

経営株主個人が買取義務を負うというのは、一見すると連帯保証のようにも見えますが、連帯保証は借入金を弁済できない場合に発動することがほとんどであるのに対し、株式買取義務は、投資者が元本を回収できない場合に生じるものではなく、あくまで契約違反や表明保証違反などに限られているのがポイントです。VCに対して、経営株主を外してほしいとリクエストしても、受け入れられることはまずありません。

ところで、株式買取請求権の規定は、法的効力に慎重に配慮されて作られていない場合もあります。
特に、民法の理解を前提にすれば、条件が満たされた状態で権利行使の意思表示が経営株主に到達した場合には、その意思表示が有効であれば、原則として、直ちに(対価の支払いの有無に関係なく、譲渡承認の有無に関係なく)、当事者間では株式譲渡の効力が生じるはずです。民法的には、条件付き売買の予約における予約完結の意思表示と言えるでしょう。しかし、このことに配慮のない規定があります。とはいえ、その配慮のなさは、発行会社に不利なものではありませんので、発行会社側から変更を提案すべき理由はないと考えます。

(9)損害賠償

一般的な規定です。ただ、損賠の範囲が不相当に拡大している場合は、狭くする方向、少なくとも民法第416条所定の範囲にすることを提案してもよいでしょう。

連帯保証は、議論があるところです。経営株主が、損害賠償についての連帯保証債務を負う旨の規定を定めていない投資契約書も少なくありません。

なお、連帯保証を定める場合は、民法に定める要件を必要とします。

(10)有効期間

どのような場合に、契約が終了するかを規定しています。
ここで最も重要なのは、株式上場した場合には、終了する旨を規定しておかなければなりません。国内のVCの雛形では、ほとんど規定されていますが、海外のVCや事業会社は、この点に配慮がない場合がありますので、ご留意下さい。

(11)秘密保持

一般条項ではあるものの、意外と重要な条項です。VCファンドは、LPにはある程度、開示したいという希望があり、LPへの開示が秘密保持の例外として要望されることがあり、ある程度、やむを得ないでしょう。ただ、VCから来る取締役の中には、深く考えずに、取締役会で把握した情報を、他所で話す方も全くいないというわけではないという噂を聞いたことがあり、ライバル企業等に情報が伝わらないように、VC側にくぎを刺しておいた方がよいので、投資者にも秘密保持義務は課しておいた方がよいでしょう。

(12)反社会的勢力の排除

暴力団関係者等を排除する旨の一般的な規定であり、あまり議論になることはありません。なお、投資者側にも課されておかしくない規定ですが、実務では、ほとんどの場合、発行会社及び経営株主側にのみ、課されています。

(13)他の契約の制限

大きく分けて、2つあり、本契約の条項の履行を妨げる契約の締結又は合意をしてはならないという内容のものと、第三者との間で、有利契約を締結する場合は、その有利契約の内容に変更され、又はその内容が追加される、というものがあります。
後者の条項は、最恵待遇条項とも呼ばれます。
後者の最恵待遇条項を設定する場合は、何が有利かどうか、何かどのように変更・追加されたのかが不明確であれば、契約の内容が不明になるため、確実に有利か否かが判定できるようにする工夫、変更・追加後の内容を明確にする工夫が求められます。これらの場合に備えて、投資者から通知を受けた場合に限り、適用対象にする等の規定が考えられます。

また、将来に、より高い払込価額で発行会社株式を引き受けた者が現れた場合も、その者との契約の内容が今の投資契約書に追加されてしまうと、次のファイナンスの実現に支障が出るかもしれません。この場合は、適用除外にしておくことも求めてよいでしょう。

5 最後に

投資契約書や株主間契約書を後から変更することは、かなりの困難です。
ここに規定されていない条項が定められていることも少なくありません。

また、株主間契約書と一体化した投資契約書も少なくありません(株主間契約書の記事も合わせてご確認ください。)。

これまで多数の投資契約書を見てきましたが、全く同じということはあまりなく、定められている規定の種類や内容に違いがあることが少なくなく、また、細部においては異なる内容となっていることもあります。

慎重に確認するためには、投資契約に慣れた法律の専門家の助言は不可欠と考えます。

執筆者
マネージング・パートナー/弁護士
森 理俊

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