グロース市場の上場審査ではどのような点が問題となるか グロース市場の上場審査基準の概要

上場にあたっては、上場審査を受ける必要があります。

上場審査とは、上場した会社に投資する不特定多数の投資家を保護するために、上場申請した会社が上場に適しているか否かを証券取引所が審査するものであり、上場審査基準に基づいて行われます。

したがって、上場を目指す会社にとって、上場審査基準は、自社の目指すべき体制のゴールであるといえます。

特に、ベンチャー企業では、まずはグロース市場への上場を目指すことが一般的であることから、グロース市場の上場審査基準を正しく把握しておくことが重要です。

そこで、以下では、グロース市場の上場審査基準の概要についてご説明するとともに、各基準に関連して問題となりやすいケースについてもお示しします。

1 上場審査基準とは

上場審査基準とは、上述のとおり、上場申請を審査するために証券取引所が設けた基準です。
上場審査基準は、有価証券上場規程第217条に基づく「形式要件」と、有価証券上場規程第219条に基づく「実質審査基準」の2つに大きく分類されます。「実質審査基準」に基づく審査は、「形式要件」に適合する申請会社(並びにその子会社及び関連会社)を対象として行われます。

なお、上場審査基準は、各上場市場によって異なりますが、本記事においては、グロース市場への新規上場について説明します。

2 形式要件

形式要件とは、有価証券上場規程第217条に基づく条件を指します。具体的には、株主数や流通株式の数、単元株式数などの株式に関する状況のほか、取締役会の設置、適正との監査意見を得ていること等が確認の対象となります。

基準の概要は、以下のとおりです。

項目基準の概要
(1)株主数150人以上(上場時見込み)
(2)流通株式a.   流通株式の数:1,000単位以上(上場時見込み)
b.   流通株式の時価総額:5億円以上(上場時見込み)
c.   流通株式の数:上場株券等の数の25%以上(上場時見込み)
(3)公募の実施上場日前日までに500単位以上の公募
(4)事業継続年数1年以上、取締役会を設置して継続的に事業活動をしていること
(5)虚偽記載又は不適正意見等a.  「新規上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書(最近1年間に終了する事業年度及び連結会計年度の財務諸表等に添付されるものを除く。)における記載が「無限定適正意見」又は「除外事項を付した限定付適正意見」

b.  「新規上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書(最近1年間に終了する事業年度及び連結会計年度の財務諸表等に添付されるものに限る。)及び中間監査報告書又は四半期レビュー報告書における記載が「無限定適正意見」、「中間財務諸表等が有用な情報を表示している旨の意見」又は「無限定の結論」

c.   a及びbに規定する監査報告書、中間監査報告書又は四半期レビュー報告書に係る財務諸表等、中間財務諸表等又は四半期財務諸表等が記載又は参照される有価証券報告書等に虚偽記載なし

d.   申請会社に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にあっては、次の(a)及び(b)に該当するものでないこと
(a) 最近1年間に終了する事業年度に係る内部統制報告書において、「評価結果を表明できない」旨の記載
(b) 最近1年間に終了する事業年度に係る内部統制報告書に対する内部統制監査報告書において、「意見の表明をしない」旨の記載
(6)上場会社監査事務所による監査上場会社監査事務所の監査、中間監査又は四半期レビューを受けていること
(7)株式事務代行機関の設置株式事務を取引所の承認する株式事務代行機関に委託しているか、その内諾を得ていること
(8)単元株式数100株(上場時見込み)
(9)株式の種類以下のいずれかであること
a.   議決権付株式を1種類のみ発行している会社における当該株式
b.   複数の種類の議決権付株式を発行している会社において、取締役の選解任その他の重要な事項について株主総会において一個の議決権を行使することができる数の株式に係る剰余金の配当請求権その他の経済的利益を受ける権利の価額等が他のいずれの種類の議決権付株式よりも高い種類の議決権付株式
c.   無議決権株式
(10)株式の譲渡制限株式の譲渡につき制限を行っていないこと又は上場時までに制限を行わないこととなる見込みのあること
(11)指定振込機関における取扱い指定振替機関の振替業における取扱いの対象であること又は上場時までに対象となる見込みのあること

このとおり、形式要件の内容は形式的かつ具体的です。
上場を目指す会社であれば、当然に適合し、または、容易に適合させることのできる内容であるともいえます。

3 実質審査基準

前述の形式要件を満たす会社は、続いて、実質審査基準に基づく審査を受けることになります。

実質審査基準は、有価証券上場規程第219条を根拠としており、会社の経営に関するあらゆる事項が審査の対象となります。基準は、大きく以下の5項目に分類されます。

項目基準の概要
(1)企業内容、リスク情報等の開示の適切性企業内容、リスク情報等の開示を適切に行うことができる状況にあること
(2)企業経営の健全性事業を公正かつ忠実に遂行していること
(3)企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること
(4)事業計画の合理性相応に合理的な事業計画を策定しており、当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること又は整備する合理的な見込みのあること
(5)その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項

このとおり、実質審査基準の内容は、極めて広範かつ抽象的です。
そのため、実質審査基準への適否は、「上場審査等に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます。)に従って判断されます。

実質審査基準の各項目について、多く問題となる基準を取り上げ、具体的なケースとともに、概要をご説明します。

(1) 企業内容、リスク情報等の開示の適切性

投資家は、開示されている企業内容やリスク情報等を参照して、投資するか否かを決定します。

そのため、新規上場時点、及び上場後も継続的に、情報発信や開示を行うことができる体制が整っていることが必要です。会社情報が適切に管理されているか、開示のための書類が適切に作成されているか、会社に関する情報が意図的に歪められていないか、といった点が審査の対象となります。

(2) 企業経営の健全性

① 関連当事者との取引によって不当な利益の供与・享受が行われていないか

本項目が典型的に問題となる例としては、代表取締役の配偶者が経営する会社に対して、多額のコンサルタントフィーを支払っているものの、コンサルティングの実態が明らかでない、というケースが挙げられます。同族経営の企業において生じがちな事態ではありますが、上場する以上、投資家から受領した資金が、使途の不明確なまま第三者に支払われることは避けなければなりません。なお、関連当事者取引の詳細については、こちらの記事をご参照ください。

② 役員の状況が適切であるか

同族色の強い役員構成の場合は、会社の利益よりも同族役員の利益を優先するような傾向にないかどうかが確認されます。
加えて、監査役が同族である場合、十分な監査が機能しない可能性があるとして、問題となる場合があります。

(3) 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性

① 役員の適正な職務執行を確保するための体制が整備運用されているか

コーポレートガバナンスコードのうち、基本原則を実施することが求められ、実施しない場合には、実施しない理由を説明する必要があります。この要請は、「comply or explain」(遵守せよ、さもなくば説明せよ)と表現されることもあります。
また、取締役会、監査役会等、会計監査人を設置し、社外取締役を1名以上確保すること等も求められます。

② 内部管理体制が適切に整備運用されているか

社内諸規則の整備や運用の状況、予算統制等が確認されます。
また、事業計画は、組織的に策定されていることが求められますので、経営者等の個人の意向のみに依拠して策定されてきたような場合には、事業計画の策定を所管する部門を設けることや、計画の前提条件となる各種情報の収集方法等を見直すなどの対応が必要となる可能性があります。

③ 独自に事業活動を行ううえで必要な人員が確保されているか

従業員の数に加え、最近の採用と退職の状況や出向者の受入れ状況等を踏まえ、必要な人員の確保が図られているか、という点が確認されます。

④ 適切な会計処理基準を採用し、必要な会計組織が適切に整備運用されているか

会計処理基準が会社の実態に即したものであるか否か、その運用が恣意的なものとなっていないか否か等について、確認されます。その際には、実務で用いられる帳簿等をサンプルとして提出することが求められます。

⑤ コンプライアンス(法令遵守)のための体制が整っているか

会社の経営活動に関係する法規制や、行政指導の状況を確認し、これを踏まえた監査体制が整っていることが確認されます。
最近に法令違反を犯した場合や、法令違反のおそれがある行為を行っているような場合には、特に慎重な対応が求められます。

(4) 事業計画の合理性

ビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて、適切な事業計画が策定されており、かかる事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていることが求められます。

事業計画に需要動向や原材料市場等の動向、法的規制の状況等が反映されていない場合は、問題となる可能性があります。また、事業計画が適切なものであっても、それを遂行するための人的・物的資源が十分でないような場合にも、問題となり得ます。

(5) その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項

会社の抱える係争・紛争が経営活動や業績に重大な影響を与える場合や、事業活動に必要な許認可等について継続的な更新が見込めない場合、反社会的勢力の排除のための体制整備が十分でない場合等は、本項目について問題となる可能性があります。

4 まとめ

本記事では、ベンチャー企業が上場を目指すこととなるグロース市場に着目して、上場審査基準について概要をご説明するとともに、実質審査基準に関して、具体的に問題となり得る事例を取り上げました。

上記のとおり、実質審査基準は、会社の経営に関するあらゆる事項が審査対象となり、会社の経営や事業の運営の根幹となる事項が多く含まれます。そのため、会社が一定程度成長し、具体的にIPOを目指すようになってから、実質審査基準に適合させようとすることが現実的でないというケースは少なくありません。

そのため、非上場会社を経営しておられる皆さまにおかれましては、設立の時点から実質審査基準の概要を心に留めていただき、同基準に抵触する可能性があると感じた場合には、速やかに弁護士や証券会社等の専門家に相談するという方針としていただければ幸いです。

執筆者
カウンセル/弁護士
和田 眞悠子

S&W国際法律事務所お問い合わせ
メールでお問い合わせ
お電話でお問い合わせ
TEL.06-6136-7526(代表)
電話/平日 9時~17時30分
(土曜・日曜・祝日、年末年始を除く)
page top