スタートアップの取締役に就任する人が知っておくべき会社法のこと

スタートアップの取締役に就任することになった場合、どのようなことに気を付ければよいでしょうか。

本記事では、スタートアップの取締役に初めて就任する方を念頭において、知っておくべき会社法の知識を分かりやすく解説します。

1 取締役の役割

取締役の役割は、取締役会を設置しているか否かによって異なりますので、それぞれの場合に分けてご説明します。

(1)取締役会を設置していない場合

取締役会非設置会社の場合、取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、会社の業務を執行します(会社法第348条第1項)。ただし、取締役が2人以上いる場合、業務執行の意思決定は、定款に別段の定めのある場合を除き、取締役の過半数をもって行われます(同条第2項)。なお、業務執行の意思決定は、一定の事項を除いて、各取締役に委任することもできます(同条第3項)。

(2)取締役会を設置している場合

取締役会設置会社の場合、代表取締役または、業務執行取締役(注)が会社の業務を執行します(会社法第363条第1項)。そして、取締役会が、業務執行の意思決定、取締役の職務執行の監督、代表取締役の選解任を行います(同法第362条第2項)。なお、取締役会は、一定の事項について業務執行の意思決定を各取締役に委任することができますが、重要な業務執行(重要な財産の処分及び譲受け、多額の借財など)の決定は、委任することができません(同条第4項)。

(注)業務執行取締役:代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって会社の業務を執行する取締役として選定されたもの

2 取締役会の決議事項

取締役会で決議すべき事項にはどのようなものがあるのでしょうか。

代表的なものとして、以下の事項が挙げられます。 

  1.  重要な財産の処分・譲受け
  2.  多額の借財
  3.  支配人その他重要な使用人の選任・解任
  4.  支店その他の重要な組織の設置・変更・廃止
  5.  社債の募集に関する重要事項の決定
  6.  内部統制システムの整備
  7.  役員等の会社に対する責任の免除
  8.  株式の譲渡承認
  9.  株式の分割・株式無償割当て
  10.  募集株式の募集事項の決定
  11.  株主総会の招集決定
  12.  代表取締役の選定
  13.  取締役の競業取引・利益相反取引の承認
  14.  計算書類・事業報告・附属明細書の承認

3 取締役の義務

取締役は、会社に対して善管注意義務(民法第644条)、忠実義務(会社法第355条)を負います。
つまり、取締役は、善良な管理者としての注意義務を尽くし、法令及び定款並びに株主総会決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を行わなければなりません。

では、会社法上、具体的にどのような義務が取締役に課されているのでしょうか。
特に注意すべき義務について解説します。

(1)競業避止義務

取締役には会社法上、競業避止義務が課されます。

競業避止義務とは、取締役が自己または第三者のために「会社の事業の部類に属する取引」を行うにあたっては、重要な事実を開示して、株主総会(取締役会設置会社の場合は、取締役会)の事前の承認を得なければならないという義務です(同法第356条第1項第1号)。これは、会社の重要な情報に通じている取締役がその地位を利用して、会社と同種の事業に属する取引をし、会社の得意先を奪うなどして、会社に損害を与えることを防止するために規定されています。

「会社の事業の部類に属する取引」とは、会社が実際に行っている事業と市場において競合し、会社と取締役または第三者との間で利益の衝突をきたすおそれのある取引をいいます。


判断が悩ましい事例について、具体的に考えてみましょう。

  1. 陶器の食器の販売を行う会社の取締役が、プラスチックの食器の販売を行う場合
    → 同じ事業の部類。
    ∵同種・類似の商品・役務を対象とする取引も含まれる。
  2. 木工品の制作販売を行う会社の取締役が、その原料である立木伐採等の買入れを行う場合
    → 同じ事業の部類。
    ∵会社の事業の最終形態に限らず、その商品の仕入れ等も含まれる。
  3. 商品の販売を行う会社の取締役が、その商品を運搬するための運送を行う場合
    → 同じ事業の部類ではない
    ∵会社の事業を維持するためにされる補助的行為は含まれない。
  4. 商品の卸売りをする会社の取締役が、同じ商品の小売を行う場合
    → 同じ事業の部類ではない
    ∵業態が異なり、競業のおそれがない。
  5. 営業地域が全く異なる場合
    → 原則的には、同じ事業の部類ではない
    しかし、地域が離れていても、その性質上、競合関係が容易に生じ得る事業については、同じ事業の部類とされることがあり得るため、注意が必要である。

また、競合に当たるかどうかは、個別具体的事情は考慮されず、抽象的・形式的に判断されるべきとされています。つまり、予め業務提携の協定を結んでいたといった事情があったとしても、形式的に見て競業に該当する場合は、取締役会等の承認が必要になります。

取締役に就任している方が、新たな事業を行う場合は、上記観点から、「会社の事業の部類に属する取引」に該当しないか慎重に検討するようにしてください。

(2)利益相反取引

取締役は、自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(「直接取引」といいます。)、または、会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき(「間接取引」といいます。)は、取締役会(取締役会非設置会社の場合は、株主総会)において、当該取引について重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法第365条第1項、同法第356条第1項第2号、第3号)。

これは、取締役が会社の利益と相反する立場に立った場合に、会社の利益を犠牲にし、自己または第三者の利益を図ることを防止するために規定されています。

利益相反取引とは、取締役の判断いかんによっては会社に不利益を及ぼすおそれのある財産上の取引の一切のことをいいます。


判断が悩ましい事例について、具体的に考えてみましょう。

  1. 従業員が会社から借り入れをする際に、取締役が会社に対し連帯保証する場合
    → 利益相反取引に該当しない。
    ∵会社は当該取引によって全く不利益を受けない。
  2. 会社がその取締役が代表者を務める会社から寄付を受ける場合
    → 単純贈与の場合は、利益相反取引に該当しない。
      ただし、負担付贈与の場合は、会社が負担の範囲で不利益を受けるおそれがあるため、利益相反取引に該当する。
  3. 会社が取締役に対する債務を履行する場合
    → 利益相反取引に該当しない。
    ∵会社に不利益ではない。

利益相反に該当するかどうかについても、取引の一般的・抽象的性質に従って判断されるべきとされています。下記4.(1)で述べるとおり、取締役には、任務懈怠(けたい)責任が課されますが、利益相反取引によって会社に損害が生じた場合には、自己または第三者のために当該取引を行った取締役、当該取引をすることを決定した取締役、当該取引に関する取締役会の承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます(会社法第423条第3項)。

また、利益相反取引には該当しないとされても、善管注意義務違反・忠実義務違反に問われるおそれもありますので、会社との取引の際には、慎重な判断が必要です。

4 取締役の責任

(1)会社に対する任務懈怠責任

取締役は、その任務を怠ったときは、会社に対して、これによって生じた損害を賠償する義務を負います(会社法第423条第1項)。任務懈怠(けたい)責任は、過失責任であり、取締役に故意または過失がなければ責任を負いません。そして、株主は、会社のために取締役に対し訴えを提起することが認められており、この訴訟を株主代表訴訟といいます。

ア 業務執行上の判断の誤り

取締役が経営判断を誤り、会社に損失を与えた場合には、当該取締役は任務懈怠(けたい)責任を負うことになるのでしょうか。

本来、取締役には、会社経営について広範な裁量が認められているはずであり、時には冒険的な判断も必要となることから、結果的に経営に失敗した場合に、事後的評価に基づき取締役に責任を負わせるのは、経営の萎縮を招きかねず、妥当ではありません。

そこで、取締役の経営判断についての任務懈怠責任が問題となった場合には、① 実際に行われた取締役の経営判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったか、及び② その事実に基づく意思決定の推論過程及び内容が通常の企業人として著しく不合理なものではなかったかという観点から審査を行うべきと考えられています(この考え方を「経営判断原則」と呼びます。)。

したがって、取締役の経営判断ミスの場合は、ただちに、任務懈怠(けたい)責任が課されるわけではなく、上記①②の基準に従い、より慎重に判断されることになります。

イ 不作為による任務懈怠

判例上、取締役には、他の取締役に対する監督義務違反を含む取締役の不作為につき、任務懈怠(けたい)責任が認められているものがあります。

具体的な監督義務の内容については、取締役の地位や事例によって異なりますが、取締役会設置会社にあたっては、取締役会を構成する取締役には、取締役会に上程された事柄についてだけでなく、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば取締役会を招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする義務が認められています(昭和48年5月22日最高裁判決民集27巻5号655頁)。

(2)責任の免除

一定の要件を満たした場合、上記(1)会社に対する任務懈怠(けたい)責任を免除又は一部免除できる場合があります。

ア 全部免除

総株主の同意
総株主の同意があれば、上記(1)の会社に対する任務懈怠(けたい)責任を全部免除できます(会社法第424条)。

イ 一部免除

取締役が職務を行うにつき善意・無重過失であったときは、一定の要件を満たす場合には、下記の方法で賠償額の一部を免除することができます。

株主総会の特別決議(会社法第425条第1項)
株主総会の特別決議により、取締役の責任を一部免除できます。

定款の定めに基づく取締役(又は取締役会)の決定(会社法第426条第1項)
取締役が2人以上でかつ、監査役設置会社である会社においては、定款に定めることで、取締役会の決議(又は取締役の過半数の同意)によって、取締役の責任を一部免除することができます。

責任限定契約(会社法第427条第1項)
業務執行取締役以外の取締役の責任に関しては、定款の定めに基づき、会社と当該非業務執行取締役とが契約を締結することにより、責任の限度額をあらかじめ定めることができます。

(3) 第三者に対する責任

取締役がその職務を行うについて、悪意または重過失があったときは、取締役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法第429条第1項)。これは、株式会社が経済社会において重要な地位を占めており、しかも、株式会社の活動は取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から特に定められたものです。

(4)会社補償・役員等賠償責任保険契約

ア 会社補償

会社は、役員等との間で、取締役が要した争訟費用、損害賠償金等の全部又は一部を会社が補償することを約する契約を締結することができます(会社法第430の2条)。

イ 役員等賠償責任保険契約

取締役を被保険者、会社を保険契約者として、取締役が業務につき行った行為を理由に損害賠償請求を受けたことによる取締役の損害を担保する損害賠償保険契約を締結することができます(会社法第430の3条)。

5 おわりに

これまで見てきたとおり、取締役には会社法上、注意すべき様々な義務があり、それに違反すると、重い責任を問われることがあります。

取締役に就任する予定の方、現に取締役に就任している方は、自身に課されている義務について正確に理解し、適切に事業運営できるようにすることが重要であると考えます。

取締役の義務に限らず、企業法務全般について、何かお困りごとがあれば、こちらから、お問い合わせください。

執筆者
アソシエイト/弁護士
藤岡 茉衣

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