滞留債権を生じさせないための債権管理と債権回収の基礎

滞留債権とは、自社が有している売掛金や貸付金などの債権のうち、弁済期日を経過しても回収できていないものをいいます。

IPOを目指すベンチャー企業においては、目先の売上に直結する営業活動に注力しがちですが、滞留債権を生じさせないために、日頃から債権管理を行っておくことは重要です。

平常時から債権管理を行い、滞留債権を生じさせないようにするとともに、滞留債権が発生した場合に、早期に債権回収ができる体制を整えておくことは、自社の資金繰りを良好に保ち、継続的な成長を実現することや、IPO準備段階での管理体制の審査、会計監査を円滑にクリアすることにつながります。

本記事では、IPOを目指すベンチャー企業に必要な債権管理と債権回収の基礎について、主にB to B(企業間取引)での取引・サービスにかかる債権を念頭に、解説します。

1 平常時の債権管理

平常時の債権管理においては、滞留債権を生じさせないことや、滞留債権が生じた場合に早期に回収できる体制を整えておくことが必要です。

(1)債権管理の基礎

平常時の債権管理の基礎として、自社の取引・サービスの設計が、早期かつ確実に代金を回収できる設計になっていることが望ましいです。

そのため、取引・サービスにかかる契約書等において、以下のような内容を規定しておくことが考えられます。

ア 先払いにする

まず、代金の支払時期を、先払いの設計、すなわち取引開始前・サービス提供前に代金を支払ってもらう設計にしておきましょう。相手方からの入金を確認したうえで取引を開始すれば、代金の未回収という事態は防ぐことができます。

加えて、契約を中途解約したとしても、返金はしない旨を規定しておきましょう。

サブスクリプションモデルなどで、月ごとに請求を行う場合でも、月初に当月分の請求を行うことで、可能な限りの先払いを実現することができます。

また、大型の案件で、一括で先払いの請求をすることが難しい場合でも、半金は先払いとし、残りは月ごとに請求するといった方法で対応することが考えられます。

イ 担保を取得する

先払いを求めることが難しい場合には、後日の代金回収を確実に行うため、取引開始前やサービス提供前に、担保を取得することを検討しましょう。

具体的には、いくらかの保証金を預けさせたり、連帯保証人や不動産への抵当権を設定したりするという方法が考えられます。

事前に担保を取得することが困難な場合には、将来、相手方の信用状態が不安になった時に担保を取得できるように、担保提供義務を課すことも考えられます。

また、互いに取引があるなどの事情から相手方に債務を負っている場合には、自社の債権と相手方の有する債権をいつでも相殺できる旨を定めて、実質的に担保的機能を果たすことも考えられます。

ウ 代金未払への備え

代金未払への備えのうち、主要なものは、前記イで述べた担保の取得ですが、他にも、①期限の利益喪失条項や、②遅延損害金条項を規定しておくといった対策が考えられます。

① 期限の利益喪失条項

期限の利益喪失条項は、一定の事由が発生したときには、支払期日まで支払をしなくてよいという期限の利益を喪失する旨を定めた条項です。

相手方が仮差押えを受けたときなど、財産状態が悪化したと認められる客観的な事情が発生したときに、期限の利益を喪失する旨を定めておけば、その時点で支払期日が未到来の債権についても回収が可能となります。

② 遅延損害金条項

遅延損害金条項は、支払が遅延した場合に、一定割合の遅延損害金を支払う旨を定めた条項です。

法律上の遅延損害金の利率は「年3%」ですが(民法第404条第2項)、この利率を上回る遅延損害金条項を定めることは可能であり、実務上、「年14.6%」などといった規定がよくみられます。

遅延損害金条項は、支払遅延が起こった後の損害賠償という側面とともに、履行の確保を心理的に強制するといった側面も有します。

エ まとめ

平常時から、取引・サービスにかかる契約書等を適切に設計・運用することで、滞留債権の発生を防ぐための債権管理を行うことができます。

自社の契約書等の見直しや運用面でのアドバイスが必要な場合には、法律の専門家である弁護士にご相談ください。

(2)IPOに向けた債権管理体制の強化

IPO直前のベンチャー企業の場合、前記(1)で述べた観点に加えて、IPO準備段階で管理体制の審査や、会計監査が行われるため、より高いレベルでの債権管理体制の構築、運用が求められます。

例えば、以下のようなフローで債権管理業務を行いましょう。

ア 新規取引先のチェック

新規取引先を開拓する場合には、債権管理及びコンプライアンスの観点から、事前に相手方の情報を確認しましょう。

例えば、相手方が反社会的勢力ではないこと、相手方が実際に存在している法人であること、相手方の信用状況などといった情報です。確認方法としては、インターネットや日経テレコン等での検索、法人登記情報の取得、知り合いの業者への聴取などが考えられます。

イ 与信管理

取引先との取引における与信限度額(取引先に対する債権残高の限度額をいいます。)をあらかじめ設定し、定期的な見直しを行いましょう。

新規取引先の与信限度額の設定は、前記アでチェックした情報に基づいて行うことが考えられます。既存取引先についても与信限度額の見直しを定期的に行い、特に、債権の残高が増えてきつつある場合には、取引継続の可否について慎重に検討するようにしましょう。

ウ 取引にかかる情報の書面化

実際に取引先と取引を行う場合や、取引先に支払を求める場合には、その条件や事実を書面や、少なくとも電子データとして形に残しましょう。

例えば、取引の基本条件を定めるための契約書、個々の取引の受発注のための受発注書、支払を請求するための請求書といった書面の作成が考えられます。

エ 債権管理表の作成

債権に関する情報を一覧化してまとめた債権管理表を作成しておきましょう。

前記ウで作成した書面の情報をもとに、取引先・取引ごとに、債権の発生日時や、弁済期日、債権額などを表にまとめ、取引先から弁済があればその日時や弁済額を随時反映するようにしましょう。効率的に行うために、債権管理システムを導入することも考えられます。

オ まとめ

平常時における債権管理としては、前記ア~エで紹介したフローを社内で実施できる体制を構築することが理想的です。
IPOを目指す場合には、少しずつ債権管理体制の強化を図るようにしましょう。

2 滞留債権発生時の債権回収の流れ

滞留債権が生じてしまった場合には、早期に支払を催促し、最終的には訴訟等の法的手続を通すなどして、債権回収を行う必要があります。

また、取引継続の意向がない場合には、早期に契約を解除して損害拡大の防止に努める必要もあります。

(1)滞留債権の情報の確認

滞留債権について、債務者の連絡先等の基本的な情報、債権の弁済期日、債権の額などの情報を、取引に関係する書類などから確認しましょう。

契約を解除する可能性がある場合には、契約書に定められている解除事由の内容も忘れずに確認しておきましょう。

確認不足により取引先との間でミスコミュニケーションを起こさないようにするとともに、時効の管理をして、時効が成立する前に必要な手続を開始できる体制を構築した方がよいでしょう。

また、税務上貸倒損失として計上できるようにするためにも、債務者の資産状況、支払能力や回収状況を一元化して管理することは重要です。

(2)債務者への連絡

滞留債権の情報を確認した後に、債務者へ支払が遅滞していることについて、普段利用しているツールで連絡を行いましょう。連絡の際には、入金予定日や、相手方が法人であれば担当者の氏名を確認しましょう。

滞留債権の早期回収のために、早めに一度債務者に連絡を取って、回収に向けた動きを取りましょう。

既に取引先との信頼関係が破壊されているなどの事情がある場合には、この連絡のステップを飛ばして、初めから書面で通知することも考えられます。

(3)書面等での通知

債務者へ連絡しても支払がない場合、書面等で通知を行うことを検討しましょう。
この段階からは、事案に応じてどのような方針を取るか異なります。

例えば、契約を解除するための催告を行うか、契約を継続したうえで担保を提供させたり、相手方との取引にかかる反対債権との相殺を主張したりするか、未納分以外の損害金の請求もするか、などといった検討事項が多くなってきます。

実際に取る手段によって、通知の内容や、通知を送付する方法は様々であり、事案に応じて検討する必要があります。

会社の規模や取引内容等によっても方針は異なると考えますので、滞留債権の回収の確実性を高めるため、弁護士に依頼することをご検討ください。

(4)法的手続

書面での通知を行っても債務者が弁済しない場合、法的手続に進むことになります。

法的手続には、訴訟手続をはじめ、民事保全手続や、支払督促手続、ADR(ODR)といったいくつかの種類があります。

また、相手方との間で、解決方法について合意ができているのであれば、公正証書の作成や、即決和解手続(訴え提起前の和解手続)の利用も考えられます。

法的手続をとる場合には、弁護士に依頼することが基本ですので、依頼した弁護士とコミュニケーションを取り、費用や時間等のコストに見合った成果が得られる法的手続をとりましょう。

3 全体のまとめ

会社の継続的な成長の実現や、IPO準備を円滑に進めるために、平常時から債権管理を行うとともに、滞留債権発生時に早期に債権回収が実行できる体制を整えておくことは重要です。

本記事をご参考に、平常時の債権管理業務や、滞留債権発生時の債権回収の流れについて理解を深め、自社の体制を見直すキッカケにしてください。

債権管理体制の構築や、滞留債権の回収に当たって、サポートを受けたい場合には、法律の専門家である弁護士にご相談ください。

S&W国際法律事務所にご相談を頂ければ、蓄積された豊富な知見を基に、会社の規模やサービスの特徴に応じたアドバイスを提供することが可能ですので、ぜひご活用をご検討ください。

執筆者
S&W国際法律事務所

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