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ベンチャー法務の部屋

ベンチャー企業が従業員に提出してもらうべき誓約書の内容(その3)

~~ベンチャー企業が従業員に提出してもらうべき誓約書に、競業避止義務や引抜き防止に関する規定は、どのように書けばよいか~~

今回は、「ベンチャー企業が従業員に提出してもらうべき誓約書の内容(その2)」の続きです。

1 競業避止義務

(1)総論

ベンチャー企業が従業員に提出してもらうべき誓約書に、競業避止義務に関する規定は、どのように書けばよいでしょうか。

憲法に定められた人権の1つである、職業選択の自由がありますので、誓約書に規定して合意すればなんでも有効になるというものではありません。

このあたりに配慮した規定を設けることが重要です。

(2)「職業選択の自由」と競業避止義務

① 業業避止義務が問題となる場面


労働者は、労働契約の存続中は、一般的には、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があると考えられています。また、就業規則等で、競業行為が明文で禁止されている例も少なくありません。

したがって、労働契約の存続中の競業行為については、仮に誓約書に規定がなかったとしても、就業規則の規定に従った懲戒処分や損害賠償請求が可能であるケースが多いと考えます。

ただ、何が競業行為であるかについては、なかなか明確化しにくいことに加え、実務上、労働者の協業避止が問題となるのは、労働者の退職後であることが多く、労働者の退職後に、同業他社に就職したり、同業他社を開業したりする場合に、退職金の減額や没収、損害賠償請求、競業行為の差止請求が可能であるか、という形で問題になることが多いです。

そして、労働契約の終了後については、労働者に職業選択の自由(日本国憲法第22条第1項)があり、一定の範囲であれば、自らが積極的に放棄する自由もまた認められると考えられるものの、労働者が積極的に放棄する自由を超えて、職業選択の自由を過度に制限しているような場合には、無効と判断されることになります。

② 競業避止義務規定の有効性と裁判例の傾向

就業中の競業避止義務は、その必要性から比較的緩やか認められており、簡単に調査した範囲では、無効であるという判断は見当たりません。

一方、退職後の競業避止義務に基づく損害賠償請求について、労働者の職業選択の自由に照らして、特約における制限の期間・範囲(地域・職種)を最小限にとどめることや一定の代替措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあるといわれています(菅野和夫著「労働法第十二版」(弘文堂)160頁)。

以下、一部紹介します。


退職金規程における競業避止規定の合理性に関連する判例・裁判例
・最高裁昭和52年8月9日判決 三晃社事件
・名古屋高裁平成2年8月31日 中部日本広告社事件
・東京高裁平成22年4月27日判決 三田エンジニアリング事件
退職後の競業行為の差止に関連する裁判例
・奈良地裁昭和45年10月23日判決 フォセコ・ジャパン事件
・大阪地裁平成3年10月15日判決 新大阪貿易事件
・東京地裁平成7年10月16日判決 東京リーガルマインド事件
退職後の競業避止義務に基づく損害賠償請求に関連する裁判例
・大阪地裁平成12年6月19日判決 キヨウシステム事件
・大阪地裁平成28年7月14日判決 リンクスタッフ元従業員事件
・大阪地裁平成15年1月22日判決 新日本科学事件

(3)規定例~競業避止義務をどのように定めるべきか~ 

競業避止義務及びそのサンクション(制裁)を、どの規定に、どのように定めるべきかが問題となります。以下に規定例を挙げていますので、参考にしてください。

ここでは期間を「2年」としています。確実に有効といえる期間はありませんが、裁判例などを見ていると、3年を超えてくると、無効となるリスクがどんどんと高くなるように思われます。禁止となる対象の業務を狭く規定することや代替措置を明確にすることにより、より有効性を高める方向も考えられますので、適宜、ご調整下さい。実際の策定にあたっては、企業労務に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。


(a) 就業規則:就業規則には、「懲戒」や「禁止行為」などの規定に定めることになります。「会社の利益に反する著しく不都合な行為」や「故意又は過失により会社に損害あるいは事故を引き起こす行為」等と定めることが多いでしょう。そのほか、最近では、副業を認めるケースが話題になっているものの、原則は禁止として個別に承諾する制度にして、「服務規律」等の規定で、「会社の事前の許可がある場合を除き、第三者に就業し又は自己の営業を行わないこと」等と定めて、競業であるか否かにかかわらず、副業を原則禁止する方法もあります。
就業規則自体は、基本的に労働者の在職中の行為に対する規範として機能するものですので、退職後の行為に対して、どの程度効力があるかについては疑問があり、別途の誓約書を取得するなどして、明確に合意を得た方がよいです。

(b) 退職金規程:スタートアップでは、退職金制度を設けていないところがほとんどです。ただ、仮に設けるのであれば、同業他社に転職した者に対する退職金の減額や没収を明確に規定した方がよいことになります。こちらは、退職後の競業制限の必要性や範囲、競業行為の態様等に照らして有効性が左右されます。下記の規定例は一例です。競業の範囲が広めに設定しており、より絞っておくことで、有効となる可能性は高くなります。

規定例:
従業員もしくは当該従業員の遺族が何らかの方法で会社を欺き、故意に会社に損害を与え、または会社に対して有害な行為(例えば競争会社に対する会社の秘密情報の漏洩)を行ったと会社が判断した場合、又は、在職中若しくは退職後2年間において、会社が行っている業務若しくはこれらに類する事業を行う企業に就職したり、その役員に就任したり、アドバイスを行ったりして、競合事業に関与したと会社が判断した場合、会社は、独自の判断で、当該従業員またはその法律上の遺族に対し、本規程に従い支給される予定である給付金の支払を取消し若しくは停止し、又は、既に支給された給付金の返還請求を行う権利を有する。

(c) 誓約書:スタートアップでは、入社時に誓約書を取得することが多いですので、その誓約書に退職後の競業禁止規定を入れておくことがもっともスムースでしょう。こちらも、下記の規定例は一例であり、常に有効であるかは、わかりません。

規定例:私は、貴社の書面による事前の同意を得た場合を除き、在職中及び退職後2年間は、貴社が行っている業務又はこれらに類する事業(以下、これらをまとめて「競合事業」という。)を行う企業に、就職したり、その役員に就任したり、アドバイスを行ったりするなど、直接間接を問わず競合事業に関与せず、また、競合事業につき会社の設立その他の方法により自ら開業いたしません。

(4)実際に競業避止義務が生じた場合

退職金規程や誓約書などに競業避止義務に関する規定がある場合は、その規定を根拠に、退職金の減額や没収、競業行為の差止めや損害賠償請求が考えられます。

既に述べたとおり、職業選択の自由との関係で、規定が無効であると判断される可能性がありますので、この点は、常に、意識していただいた方がよいでしょう。

2 勧誘・引抜き等の禁止

(1)誓約書に規定する意味

スタートアップ企業は、退職した従業員が、会社の顧客を勧誘したり、会社の従業員を引き抜いたりする行為は、絶対に止めたい行為であろうと思います。

顧客の大掛かりな簒奪や従業員の大量引抜きは、仮に退職後の勧誘や引抜き等の禁止についての合意がなかったとしても、その行為が、営業権を侵害する不法行為として認められる可能性があります(参照:東京地裁平成19年4月24日判決 ヤマダ電機事件)。

ただ、少人数であっても、顧客の簒奪や従業員の引抜きは、避けたいところであり、その観点から誓約書を設けて、その中で勧誘や引抜き等の禁止を明確に規定した方がよいです。

(2)規定例

誓約書には、以下のような規定を設けることが考えられます。

規定例:
私は、貴社の書面による事前の同意を得た場合を除き、在職中及び退職後2年間は、自ら設立した事業のため、又は私が役員若しくは従業員等の立場で関与する第三者若しくは関与する予定のある第三者のために、貴社の役員、従業員及び取引先(ユーザー等を含みます。)に対する勧誘・引抜き活動や営業活動を行いません。また、私は、貴社の書面による事前の同意を得た場合を除き、在職中及び退職後2年間は、自ら、又は第三者をして、貴社の役員及び従業員を採用せず、採用を決定することもしません。

(3)実際に勧誘や引抜きが生じた場合

実際に勧誘や引抜きが生じた場合は、誓約書などの明文規定がないか、営業権侵害に該当しないかなどを検討することになります。

また、上記のほかに、営業秘密の侵害や、別途の義務(秘密保持義務など)の違反でも、対応できる可能性があります。

これらの法的構成を検討し、損害賠償請求や差止め、それらを元にした交渉等が考えられます。

実際にどのような対応方法が有効であるかについては評価が難しいところがありますので、企業労務に詳しい弁護士に相談して決めることを強くお勧めします。

3 今後の予定

今後、以下の条項について、触れる予定です。

・引継ぎ
・反社会的勢力との接触の禁止等

(文責 森 理俊)

ベンチャー企業の経営と人権 ~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その1

1 はじめに

 企業経営において、人権は、どのように関わっているのでしょうか。
 最近では、『人権デューディリジェンス』などという言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません。
  「人権」と いえば、企業のリスクやコスト構造といった側面でとらえられることが少なくありません。
 また、経営者目線では、人権は「労働者の権利」という形で表れることがあるため、企業経営を圧迫するものと把握されてしまうこともあるでしょう。
 しかし、実は、企業の経営は、「人権」や「自由」という制度に支えられて、守られていることも多いのです。

 経営者が、人権について基本的な理解をもつことは、権利や義務といった社会的に普遍的な価値基準についてのバランス感覚を磨くことにつながります。

 そのバランス感覚は、ベンチャー企業の経営に有益です。
 
 そこで、ベンチャー企業の経営と人権について、思うところを少し述べてみたいと思います。

2 ベンチャー企業の経営は「自由」によって守られている

 「人権」という言葉より「自由」という言葉の方が親しみがある人もいるでしょう。
 日本国憲法に定められた「人権」は、自由権のほかに、社会権がありますが、ここでは、ざっくりと、「人権」=「自由」と理解していただいてかまいません。

 企業経営と密接な関係にある「自由」といえば、「営業の自由」です。

 日本国憲法に「営業の自由」という文言はありませんが、22条1項に「職業選択の自由」が定められており、これに内包されていると考えられています。「職業選択の自由」を認めても、「営業の自由」を認めなければ、職業の選択肢が失われるからです。

 営業の自由とは、(諸説ありますが、)自己の選択した職業を遂行する自由と考えられ、また、職業遂行上の諸活動のうち、営利を目指す継続的で、自主的な活動を行う自由であるととらえられたりしています。

 要するに、営利活動は自由に行えるという原則です。

 もちろん、何でもかんでも自由ということではなく、「公共の福祉」による制約を受けます(日本国憲法12条)。そして、国が、その自由を制約する場合には、法律上の根拠が必要ということになります。

 逆に言えば、法律上の根拠がない限り、国家権力との関係では、どのように経営しても自由であり、どのような事業を展開しても自由であるということになります。

 さらに、法律自体が憲法に反するものである場合は、法律自体が無効とされることさえあります(日本で違憲判決は極めて例外的ではありますが、過去に、薬局開設はおおむね100メートルとの距離制限という適正配置規制を定めた薬事法の規定が、憲法22条1項に違反し無効とされたことがあります。最高裁判所昭和50年4月30日判決)。

 

3 数多の例外


 とはいえ、その原則の例外は、少なくありません。

 日本には、業態を規制する法律が沢山あります。資格がないと行ってはならないと定める規制が典型的です。医師法、薬事法、弁護士法、銀行法、信託業法、資金決済法、金融商品取引法、、、、挙げるときりがありません。

 ほかに、資格は必要なくても、法で定めた規範に反すると、ペナルティーを課されるものもあります。刑法を筆頭とする刑罰法規はもちろんそうです。
 他に、個人情報保護法、不正競争防止法、特定商取引法、特許法等の知的財産権に関する法律などです。
 また、民法の不法行為も、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」としており、他人の権利又は法律上保護される利益を侵害することで、損害賠償というペナルティーを課されるといえます。

 そのため、他人の権利や利益を侵害していないかや、法が定めたルールに反していないかをチェックする必要があります。

 ベンチャー企業の経営に法務が必要なのも、ここに理由があります。

4 保護法益と他人の権利との調整

 法規範は、法律上保護すべき利益(保護法益)を守るためか、権利や自由がぶつかったときに、どちらをどのように優先するかという調整のためか、だいたいどちらかの役割をになっています。

 経営上、実現したいことがあっても、保護すべき利益があったり、他人の権利とぶつかったりしたときに、どのような形で、その調整を実現していくか、という役割があるのです。

 例として、経営者が、従業員との雇用契約を解除したい、という自由を実現したくとも、労働者の人たるに値する生活を営むための必要を充たす(労働基準法1条1項参照)という保護法益のため、経営者からは、契約書で定めても、いつでも雇用契約を解除できるようにする自由は制約されています。一方で、労働者には、職業選択の自由があり、そのこととの関係で、使用者との雇用契約の解除は、かなり高い自由度で認められています。

 法は、価値判断として、労働者の職業選択の自由 > 使用者の経営の自由(契約自由の原則)という判断をしているということです。
 法がどのような価値判断をしているのか、それはこの国の基礎となる価値観と、それに基づく法律がどのような価値体系を構築しているか、ということでもあります。
 

次回は、「自由の重要さに濃淡がある。」という点から、話を進める予定です。

(文責:森 理俊)

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