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憩いの部屋

遠軽の家庭学校に思いを馳せて

みたび緊急事態宣言になってしまった大阪にて執筆しております。
GWは、ステイホームをするしかなく、美味しいものを食べるくらいしか、楽しみがない!という方も少なくないのでは、と思います。そして、そのために、ふるさと納税を検討されている方も、少なくないのではないかと推察しております。

私が、ふるさと納税で市町村名から検索できる機能で、「北海道遠軽町」(遠軽は”えんがる”と読みます。)を検索したところ、お礼の品に「平和山セット(発酵バター・チーズ)」というものがあり、思わず、こちらを選択して、遠軽町に寄付をしました。家庭学校のウェブサイトから直接購入もできるようです。

私は、弁護士になる前の研修期間(司法修習といいます。)に、札幌に1年間おりまして、その間の研修の一環で、遠軽町の家庭学校に宿泊して(確か2泊3日じゃなかったかと思います。)、その家庭学校いた子供たちと寝食を共にしたことがあります。

遠軽町をご存知の方は、そう多くはないでしょう。

北海道のオホーツク海側にありつつも、オホーツク海に面しておらず、少し内陸に入ったあたりにあります。サロマ湖から少し北海道の中央に入ったあたりといえば、少しわかりやすいでしょうか。

私たちが「遠軽の家庭学校」と呼んでいる施設は、正式には、北海道家庭学校という名称で、社会福祉法人が運営する開放処遇の児童自立支援施設(児童福祉法に基づく児童福祉施設の一類型)です。

439haという実に広大な敷地(東京ドーム93個分!)に、いくつかの寮や学校本館、運動場、礼拝堂、牧草地、牛舎やバター・チーズ工房等があります。その寮には、寮母さん寮父さんの夫妻と10人から20人くらいの男子児童が一緒に生活をしています。(記憶を手繰ると、当時)小中学生がいる寮が4つと、高校生がいる寮が1つありました。

入所児童は、児童虐待などにより社会的養護が必要となった児童であり、家庭環境に恵まれず、特定の大人(一般には両親)との間で愛着関係が十分に形成されなかった児童が含まれています。家庭裁判所の審判により児童自立支援施設送致となって、入所した少年もいます。

このブログを書くときに、北海道家庭学校のウェブサイトを覗くと、第5代家庭学校校長谷昌恒が学校を紹介した文章として、以下の言葉が紹介されていました。

```『北海道家庭学校は森の学校と呼ばれています。校地の面積は四百三十町歩、新緑のときも、紅葉の季節も、雪の降り積もるころも、四季折々に美しい森です。
 その森の中に校舎があり、寮舎、住舎、グランド、畜舎が点在しています。一つの村落のような落ち着きを見せています。幼くして深く心傷ついた少年たちは、この自然環境から限りない慰めを見出すのです。
 森の中に大きな礼拝堂があります。
 人は未来を案じています。目には見えない将来です。人はまた他者の心をはかりかねて、苦しんでいます。母親が自分を愛しているか、父親が信じてくれているか、先生が認めているか。
 人は目に見える世界に生きて、絶えず目に見えない世界を気にしているのです。
少年たちは森の礼拝堂で、目には見えない相手の心を信じ、将来を信じ、忍耐と希望を持って生きることを学びます。少年達の心と身体は、一日一日、この学校の生活を通して強く育っています。』
 私達は、先人から受け継いだ家庭学校の伝統を、社会の変化に対応しつつ大切に守る責任があり、あわせて、今現在の家庭学校の姿を、皆様に正しくお伝えしていくという大切な役割があると思っています。その上で、家庭学校を応援して下さる仲間を1人でも増やしていきたいのです。それこそが、家庭学校の生徒のためになると固く信じています。```
https://kateigakko.org/new/welcome.html

私が訪問したとき、そこで、人懐っこい少年たちと一緒に、牧草を機械で四角い塊にしてトラックに載せる作業を一緒にしたり(牛のために冬を迎える準備です。)、彼らが薪木で一生懸命焚いてくれた風呂に入ったり、彼らが捕まえたカブトムシを空中に投げたり、彼らが朝早くに牛舎にいる乳牛からとってきてくれた牛乳をいただいたり、一緒に将棋やソフトボールをしたり、自然に育ったわさびを食べさせてもらったり、子供たちの前で何か話をすることになり「旅」という題で話をしたところ思わぬリアクションが返ってきたり、という様々な経験をさせてもらいました。いまでもその屈託のない笑顔とともに過ごした数日は、とてもよい思い出として、記憶に刻まれています。

この家庭学校にいた数日で感じたことは、たくさんありました。

「大きな自然に抱かれるように生活することで感じられる生命の営み」
「少年の環境は社会と大人の責任が大きく、触法少年といえども罰よりも大人との愛着関係の形成が有益で有意義であること。それは、社会にとっても有益であること」
「いくら自分が頑張って難しい試験に受かったといっても、たまたま環境と運に恵まれたに過ぎないこと」
「いつか子供ができたら、そして許されるなら、子供と一緒にこのような場所で過ごしてみたいこと」
「家庭学校の寮を支える夫婦がおられ、その愛情と営みに心から頭が下がること」

休日に、この遠軽の家庭学校で作られたバターやチーズをいただきながら、少年たちとの古き良き思い出に浸っていました。

あの少年たちは、今頃、どこで何をしているのだろう。
このバターやチーズを作った少年は、いまどんな生活をしているのだろう。

このバターやチーズは、北海道の大地の味そのものです。
作った人の優しさを感じることのできる、本当に美味しい、他では味わえないものです。

初めて家庭学校の存在を知った方も、家庭学校を知っていたよ、行ったことあるよという方も、是非「平和山セット(発酵バター・チーズ)」を食して、家庭学校の存在やそこに暮らしている少年たち、そしてその少年たちとともに暮らしておられる夫婦や教育を支える大人がおられるということを、少しでも知って、思いを馳せていただけると、嬉しいです。

 

(文責:森 理俊)

2021年04月30日 18:45|カテゴリー:

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修習時代の思い出 家庭学校 遠軽町

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