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ベンチャー法務の部屋

押印廃止と電子契約

在宅勤務・リモートワークの浸透と歩調を合わせて、契約書を始めとする各種の文書に対する押印の廃止・省略も進められています。2021年1月19日付け日本経済新聞電子版によれば、河野太郎規制改革相が、行政手続きで必要な押印を99%以上廃止できたと述べたとされています。

契約書に関しては、日本では、従来、紙媒体で印刷したものに、記名または署名と、押印をするという実務が一般的でした。では、そもそも、契約書に押印をしていたのは、どうしてなのでしょうか。

契約は、契約当事者間の申込みの意思表示と、承諾の意思表示が合致することによって成立します(民法第522条第1項)。契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備する必要はありません(同条第2項)。

したがって、法律上、契約の成立には、押印は必要とされていません。

では、契約書への押印は、まったく無意味な行為かというと、そうではありません。

民事訴訟法第228条第1項は、「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。」と規定しています。成立が真正であること、というのは、作成名義人が真実の作成者であることを意味します。簡単にいえば、偽造ではなく、文書に文書の作成者として記載されている人が、当該文書を作成しているということです。この文書の成立の真正が証明できなければ、その文書は、民事訴訟において、証拠として役に立ちません。

この点に関し、民事訴訟法第228条第4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています(「本人・・・の押印」の意義や、推定の構造に関しては、いろいろと面白い議論等があるのですが、ここでは省略します。)。

このように、法律上、偽造ではない、真正に成立した文書であることを推定してもらうために、契約書に押印しているのですね。

では、電子契約の場合には、この成立の真正について、どうするのでしょうか。

この点についても、法律上、きちんと手当がされています。すなわち、電子署名及び認証業務に関する法律(いわゆる「電子署名法」)第3条で、「電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています。

「本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)」が行われていれば、真正に成立したものと推定されるのですね。

そうすると、「本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)」とは何か、ということになります。

この点については、総務省、法務省及び経済産業省が、「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法3条に関するQ&A)」を公表しており、ここで詳しく解説されています。ご興味のある方は、ぜひ、ご一読ください。

https://www.meti.go.jp/covid-19/denshishomei3_qa.html

なお、実務上、現在、標準的に利用されている電子契約サービスは、サービス提供事業者名義で電子署名が付され、その上で、「当該措置が利用者の意思に基づいていることが明らか」で、「当該サービスが十分な水準の固有性を満たしていること(固有性の要件)」を満たす形で、「サービス提供事業者が利用者の指示を受けてサービス提供事業者自身の署名鍵による暗号化等を行う電子契約サービス」として提供されていることが多いです。

今も、さまざまな企業において、DXを推進させ、紙の撤廃・押印の撤廃を進められています。その中で、私も、職務上、企業のご担当者が、「何を、どこまですべきか」について、悩まれている場面を目にすることがあります。まずは、上記のように、そもそも契約書に押印されていた背景について正しく理解することが、正しい取り組みに近づくために重要であると感じています。

(文責:藤井宣行)

2021年04月28日 10:08|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

【随想】スタートアップ企業から相談を受けるときに想うこと

スタートアップ企業から相談対応を専業としている弁護士として、相談を受けるときに意識していることがいくつかあります。

1つは、相談者への回答内容が、経営者の意思決定に有用であることです。

私たちは、私たちからの回答が「なるほど。Aという決断をすれば、Xというリスクがあり、Bという決断をすればそのリスクがない代わりに、Aのメリットが得られないのだな」「であれば、今回は、Xというリスクは許容するのでAという決断をしよう」といった経営判断が可能なように、有用な回答を提供しようと努めています。回答を受け取った方が、「なんだか難しいなぁ。」「で、どうすればよいか、イマイチよくわからないなぁ」ということにならないようにしたいと考えています。

ただ、このように有用な回答を行うというのは、言うは易く行うは難いものです。
特に、経営判断においては、他の経営的な要素が強く関係しますので、必要な材料を提供するには、十分なコミュニケーションが必要です。しかも、私たちが把握した法的リスクの程度を、平易な日本語で且つ誤解の生じない形で表現しなければなりません。
実際には、メールで回答しつつ、口頭で補足するということも、少なくありません。

もう1つ意識していることは、Aという方策が検討されている場合に、よりリスク回避的で同程度の効果が実現できる施策はないか、という点に考えを巡らせるようにしている点です。

スタートアップ企業と取引先において、何らかの揉め事がある場合に、その揉め事を正面から解決することが有用な場合もありますが、揉め事を何らかの方法で回避又は終了させつつ、別の方策で揉め事解決と同様の状態を実現するということがないか、常に考えています。ここで具体的な揉め事に触れることは難しいのですが、例えば退職者の株式の株式譲渡や株価算定で争いがある場合に、スタートアップ企業が実現したい状態に持っていくには、「その退職者との交渉」以外の解決策が見つかる場合があります。そういった全くの別ルートが発見できないか、日々頭を巡らせているのです。

スタートアップ企業は、常に「挑戦」しています。
そして、その「挑戦」には、常に不明確さが伴います。私たちの仕事の1つは、その不明確さ=リスクに見合った挑戦であるのか、そのリスクをできる限り回避することを念頭に置きつつも、まずはスタートアップ企業の経営者や担当者にとってリスクを正確に把握できる状態にすることではないかと考えています。

(文責:森 理俊)

2021年04月01日 11:53|カテゴリー:企業法務||コメントはまだありません
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