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憩いの部屋

“Heal the world” に想う日本語論

私が中学生の頃に、ハマっていた音楽は、Michael Jacksonだった。”Dangerous” というアルバムに出会い、こんなレベルの高い曲ばかりのアルバムがあることに感動して、毎日のように聞いていた。

その名盤”Dangerous”に、”Heal the world” という名曲がある。

曲の構成やメロディは、その当時の日本の歌謡曲とは異次元のものであった。しかし、それだけではなかった。歌詞が崇高すぎるのである。当時、「音楽は曲が全てで歌詞なんて、なんでもいいや」くらいに、 中学生でありがちな、こまっしゃくれた感じで洋楽を聞いていた私にとっても、日本語では、金輪際生み出されない歌詞だろうと衝撃を受けた。

なにせ、
Heal the world
Make it a better place
for you and for me and the entire human race
である。

こんな崇高で、視点の高い理念を真っ直ぐに歌った日本語の歌詞は、あるだろうか。

詩的センスのない私が、日本語に直訳すると、
世界を癒そう
世界をよりよい場所にしよう
あなたのために、そして私と全ての人種のために
となる(*1)。

こんなことを日本語で発信しているアーティストがもし思い当たれば、教えてほしい。

日本語の歌を思い返すと、自分のことか自分の身の回りのことを歌っていることが多い。演歌もポップスも、自分の心情を歌った叙情的な詞や、自分が見た情景や自分の周りの出来事に何かの思いを投影した叙事的な詞ばかりである。これは、万葉集、古今和歌集の時代から変わらぬ日本語、日本の文明の特性ではないか。

ただ真っ直ぐに良き理念を述べる詞が見当たらない。おそらく、日本語のコミュニケーションでは、ストレートに理念や目標を述べることは苦手なのであろう。これは、日本語、そして日本の文明の弱点でもあろう。 (*2)

理念を直裁に述べていないということで真っ先に頭に浮かぶのが、日本国憲法第1条である。

学校では、この条文は、国民主権を述べたものだと教わる。しかし、この条文の出だしは、「天皇」であり、 主語は、天皇と天皇の地位である。

日本国憲法第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

日本国憲法第1条は「日本国民は、日本国の主権を有する。」ではない。第1条は「第一章 天皇」の条文であることからわかるように、まず、天皇の地位について述べた条文なのである。最も言語的に洗練されているべき日本国憲法において、最も重要な理念である国民主権でさえ、ストレートに表現されていない。

日本の政治家の表現力があまりに乏しいことは、コロナ禍に直面した日本社会で、痛感しない市民はいないではないか。まず無内容であるし、何を言っているのか、何を目指しているのか、わからない。ましてや、技巧がないし、心に届かない。市民が政府の方針の適否を議論したくても、そもそも政府が何を考えているか、全然説明がない。今、2020年7月30日現在では、「私たちは、感染拡大防止のために実効再生産数を1より小さい値に留めつつ、旅行業をはじめとする社会経済を回復することを目指したい。そのための手法として、市民におかれては、以下の点を厳守しつつ、社会経済生活を営み、旅行も楽しんでほしい。1~~」などといってくれれば、何を考えているのかは、まだわかる(この方針に私が賛成しているわけではなく、政府の考え方を推測してみたに過ぎない。違うかもしれない。)。政府が政策の内容を適切に言語化することで、市民は、その政策の適否について、議論することができるのである。

なかなか日本語は、議論するのにやっかいな言語であろうけども、せめて国を代表する方々におかれては、明快に、わかりやすく目指すところや理由を述べていただきたいものである。

*1 この訳が正しいかは、自信がない。Healの前に、Let’s が隠れていると考える他に、一人称Iが隠れているとも、命令形だとも考えられなくもない。敢えてそこを明確にしないことでの味もあるような気がする。

*2 Heal the worldは、Michaelが凄い言語的センスと感性をもっているから生まれた可能性も高い。そうなると、もはや、日本語と英語の違いという問題ではなく、この投稿もあまり意味が無くなってしまうかもしれない。

2020年07月31日 10:58|カテゴリー:

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