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新株予約権の行使に応じてする新株発行の仮の差止めを求める保全申立てが却下された事例(名古屋地方裁判所一宮支部決定令和2年12月24日/金融・商事判例1616号30頁)

2022.10.13
S&W国際法律事務所

【事案の概要】

Y社は、東証JASDAQ市場上場会社である株式会社である。
Xは、Y社の株式67万8220株を有する株主である。

Y社は、令和元年12月20日に開催された取締役会において、第三者割当による第8回新株予約権及び第1回新株予約権付社債(以下、あわせて「本件新株予約権等」という。)の発行を決議した。
Y社は、同日、本件新株予約権等の募集要項、第三者割当の場合の特記事項等を記載した有価証券届出書を提出し、本件新株予約権等の発行に関するプレスリリースを公表したが、有価証券届出書には本件新株予約権の払込金額の算定理由の記載や市場流動性の制約に起因する減額に関する記載がなかった。

そこで、Xは、本件新株予約権等に応じてするY社の新株発行の仮の差止めを求めた。

【決定の要旨】

1 本件新株予約権等の発行の無効原因-公示義務違反
会社法240条2項、3項所定の公示事項は、同法238条1項所定の募集事項であるところ、同項3号は「払込金額又はその算定方法」と規定されており、払込金額が公示されていれば、その算定方法について公示する義務はない。
平成17年改正前の商法280条の23においては払込金額の算定方法(「算定ノ理由」)についても公示事項になっていたものが、会社法においては公示事項となっていないこと、算定の理由として何をどこまで開示すればよいのか一義的・明示的ではないことから、法的安定性を確保する見地から公示事項から削除されたものと解される余地があること、新株予約権発行の無効原因については、取引の安全、法的安定性の見地から限定的に解すべきであることからすれば、本件有価証券届出書において、払込金額の算定理由の記載や市場流動性の制約に関する記載がないことを理由に公示義務違反に当たるとして、新株予約権発行の無効原因があると解することはできない。

2 本件新株予約権等の発行の無効原因-有利発行・不公正発行
Xの主張を踏まえても、本件新株予約権等の発行について、有利発行や不公正発行をその無効原因と解することはできない。

3 会社法247条所定の差止事由の存在を理由とする新株発行の差止
既に発行された本件新株予約権等に基づく新株予約権の行使に応じてする新株の発行は、新株予約権等の発行に無効原因がある場合や新株予約権等発行に差止事由がありながら、その差止めの機会が株主に十分に保障されていなかった場合に限り、会社法210条の準用あるいは類推適用により、新株予約権の行使に応じてする新株の発行の差止めが認められると解するのが相当である。
本件では、本件新株予約権等の公示が、割当日である令和2年1月6日の2週間前である令和元年12月20日になされているが、裁判所の休日に関する法律1条1項所定の裁判所の休日が同月28日(土)から令和2年1月5日(日)までであることからすれば、本件新株予約権等の発行差止めの仮処分命令を得ることが困難であったことは否定できない。
しかし、会社法240条2項は、裁判所の休日に関する法律所定の裁判所の休日を除外せず、割当日の2週間前までに募集事項の公示を行えば足りるとしていること、裁判所の休日に関する法律1条2項が、裁判所の休日に裁判所が権限を行使することを妨げるものではない旨規定しており、裁判所は民事保全手続のように緊急性の高い裁判手続においては休日であっても処理を行うことになっているから、裁判所の休日を理由に株主が本件新株予約権等の発行差止めの仮処分命令を得る機会がなかったと解することはできない。
このように、本件新株予約権等の発行については、差止めの機会が株主に十分に保障されていなかったと認めるには足りないから、本件新株予約権等の発行手続に会社法247条の差止事由があることを根拠として、同法210条を準用あるいは類推適用して、それに引き続いて行われる新株発行の差止事由があると解することはできない。

【コメント】

本件は、Xが、会社法上の公開会社であるY社に対し、新株予約権の行使に応じてする新株発行の差止めを求めた事案であり、結論として、新株発行の差止めは認められませんでした。
本決定においては、本件有価証券届出書の記載内容について、会社法第240条第2項、第3項所定の公示義務違反を否定した点、本件新株予約権等の公示期間が年末年始にまたがり、裁判所の休日を9日挟んだことについて、差止めの仮処分命令を得る機会がなかったと解することはできないと判示した点が実務上重要であると考えます。

【参照条文】

会社法第210条 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合

第240条 第二百三十八条第三項各号に掲げる場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。
2 公開会社は、前項の規定により読み替えて適用する第二百三十八条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定めた場合には、割当日の二週間前までに、株主に対し、当該募集事項を通知しなければならない。
3 前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
4 第二項の規定は、株式会社が募集事項について割当日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項から第三項までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、適用しない。

第247条 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合

(文責:福本洸太郎)

執筆者
福本 洸太郎
アソシエイト/弁護士

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