ベンチャー法務の部屋

経営判断原則に関する最高裁判決について

最新の旬刊商事法務と金融・商事判例で、経営判断原則に関連するある判例(平成22年7月15日最高裁判決―アパマンショップHD株主代表訴訟上告審判決―)が取り上げられていました。この判例は、ブログ『ビジネス法務の部屋』でも取り上げられていますので、私も便乗して、取り上げようと思います。旬刊商事法務は、1913号4頁「アパマンショップ株主代表訴訟最高裁判決の意義」(中央大学法科大学院教授 落合誠一)、金融・商事判例は、1353号26頁です。

いずれの記事でも、この判決は、従来からの経営判断に関する取締役の善管注意義務違反の有無についての判断枠組みと同じ流れに沿うものであるとしています。その内容は、次のものです。まず、概ね、「判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か」という判断基準を採用します。そして、その判断をする前提として裁判所が審査する対象をまとめると、およそ以下のものとなります。

(1) 判断の前提となった事実の調査、情報収集、分析・検討に特に不注意・不合理な点があるか
(2) (当該業界の通常の経営者の経営上の判断として)事実認識に基づく意思決定の推論過程および内容の著しい不合理さがあるか

(2)の括弧の部分は、落合先生の論文に見られる特徴かもしれませんので、括弧書きとさせていただきました。さらに、商事法務の落合先生の論文では、審査対象を上記の(1)及び(2)並びに上記の判断基準とすることの前提として、

(0) 裁判所が経営者の経営判断に積極的に吟味・介入することを肯定すべき例外的事情がある場合は別段、そうでない限り、

という限定が付されているように思います。

経営者にとっては、ややリスキーと思われる判断をする場合は、まず、判断の前提として、十分な情報収集を行い、客観的に分析・検討を加えたうえで、次に、経営会議や弁護士等の専門家への意見聴取といった手続き的な適正さを図ることが重要でしょう。

なお、この論点についての今のところの私見は、次のようなものです。

概ね、上記の判断枠組みは裁判所のあるべき姿であり、その当てはめも原則として、謙抑的であるべきです。その意味で、今回の最高裁判決は妥当であるように思われます。そして、(0)のような前提条件を設けることも必要であり、(i)会社法その他の法令に違反する場合、(ii)違法な行為に関与したり黙認しているような場合、(iii)会社法第423条第2項や第3項の推定規定が適用されるような競業行為や利益相反取引、(iv)第三者の身体・生命・財産等の権利に対する侵害が生じることが予想可能であったり、現に発生している場合は、この枠組みではなく、裁判所がより積極的に結果回避義務違反を認定してもよいものと考えます(他にもあるかもしれません。)。

ただ、落合先生の論文にある「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という部分(上記(2)の括弧の部分。商事法務No.1913 7頁2段目)は、(医療過誤訴訟における医師の過失で採用されそうな規範ではありますが)経営判断原則には少し馴染まないではないかと感じております。というのも、ビジネスの世界では、同じ業界であっても、ポジションによって、なすべきことが異なるものだからです。一般論として、同じ業界には、シェアに応じて、リーダー(業界1位)、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワー、と分類することが可能であり、リーダーであれば、他の企業と同じことをすることは戦略としてあり得ますが、チャレンジャーやニッチャーは、リーダー企業がしないこと、できないこと、参入しないであろう領域に参入することが求められますので、当該業界の通常の経営者が「しない」であろう経営上の判断が時に求められます。

すると、「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という判断枠組みは、少し経営判断原則の場合は、使いずらいのではないかというのが私見です。

また、山口先生の本判決に関するエントリーのタイトルは、少々過激に「最高裁は「社外取締役制度」をどう考えているのか?(その2)」とされておられますが、本文では、「アパマンショップHD最高裁判決へのご見解と、この社外取締役導入論が論理的につながるものではないことは承知しております」とあるとおりで、流石に、この判決と社外取締役制度は、直接には結びつかないと考えます。重要なのは、経営判断の過程で、判断の前提となる情報や手続きにおいて、客観性を確保できているかという点であり、その客観性確保の方法論は、社外取締役の導入「だけ」ではないからです。

企業法務弁護士としては、ある経営判断が善管注意義務違反であるか否かの意見を述べるのは、非常に難しい側面があります。ただ、本件でもそうであったように、一定の前提のもと、経営者の判断が経営の裁量の範囲から大きく逸脱していないかという点であれば、意見を述べることはあり得ますので、重要な経営判断、特に株主価値を大きく毀損する可能性のある判断をする場合は、弁護士から意見書を取得しておいた方がよいと考えます。

執筆者
S&W国際法律事務所

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